たとえ君が微笑んだとしても(4)
その日は歌舞伎町でホスト同士の乱闘事件があったり、外国人による集団万引事件などが発生したため、新宿中央署刑事課は忙しい一日となっていた。
「二川、さっきの報告書出しといてくれ」
「わかりました」
「あ、織田さん。こっちの書類にハンコもらえますか」
そんな声が飛び交っている中、どこからかスマートフォンのバイブ音が聞こえてきていた。
誰か、スマホ鳴ってますよ。
わたしは心の中でそんなことを思いながら、キーボードを打つことに集中する。わたしが作成しているのは、明け方に起きたホスト同士の乱闘事件の報告書であり、調書を読みながらホストたちの源氏名と本名を照らし合わせて、報告書を作っていた。
「あー、面倒くさい。お前ら、みんな本名で仕事しろよ」
「高橋、心の声がダダ漏れだぞ」
隣の席に座る富永が言ってくる。富永も目はパソコンに向かったままであり、わたしとは別の事件の報告書を書いていた。
「わざと聞こえるように言っているんです。声に出して言わないとストレス溜まるんで」
「そうか、悪かった。ストレスは溜めちゃいけないな。だけど、もう一つだけ言わせてもらっていいか」
「なんですか?」
「お前のスマホ、さっきから鳴っているぞ」
「え?」
慌ててわたしはデスクの上に置いてある自分のスマホへと手を伸ばした。スマホはマナーモードになっており、机の上で小刻みに震えており、ディスプレイには着信を告げるメッセージが表示されていた。
そういうことは、早く言ってよ。そう思いながら、スマートフォンを耳に当てた。
「はい、高橋です――」
「警視庁の二宮です」
電話の相手は警視庁捜査一課の二宮だった。二宮とは何度か一緒に仕事をしたことがあったが、電話をもらうのははじめてのことだ。
「どうかしましたか」
なにか嫌な予感を覚えながらそう告げる。
「ちょっと高橋さんにお聞きしたいことがありまして、電話させていただきました」
「なんでしょうか?」
「確か、松本ミドリ氏の事件を担当されていましたよね」
「ええ」
そう答えながらも、嫌な予感がさらに広がっていく。
ミドリの件で何かあったのだろうか。事件はミドリを殺害した笠井みどりが自殺し、被疑者死亡のため書類送検して終了したはずだ。
「松本ミドリの弟であるアオイ氏についてはご存知でしょうか?」
「え?」
予想外なところでアオイの名前が出たため、思わずわたしは変な声をあげてしまった。
その声に反応するかのように、隣の席にいる富永が不愉快そうな表情でこちらを見てくる。
わたしは「すいません」と口パクで富永に言い、軽く頭をさげた。
「何度かお会いしたことはありますが」
「そうですか。実は、松本アオイ氏が詐欺事件に加担しているのではないかという疑惑が持たれていると、うちの二課から情報がありましてね」
「そうなんですか?」
「ええ、沖縄で風力発電事業に関する詐欺事件があったそうで、その詐欺事件に松本アオイ氏の会社が加担している可能性があると」
確かに松本アオイは沖縄の企業で働いていた。担当部署は事業企画だったはずだ。頭の中で事件があった時に作成した松本家の資料を呼び起こしながら、アオイの会社のことを思い出していた。
「彼は逮捕されるんですか」
「まだ、そこまでは」
「もし、何か情報があったら教えて下さい」
「それはもちろん、こちらからも松本アオイ関連で情報を求めることがあるかと思いますので、よろしくお願いします」
そう言って二宮は電話を切った。
松本アオイに対して疑念を抱いた途端に、彼が逮捕されるかもしれないという情報が飛び込んできた。もしかしたら、別件逮捕でミドリの殺人教唆なども取れるかもしれない。
そんなことを考えながら、わたしは報告書作成の続きをはじめた。
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