第18話 浅倉家-1
陽が落ちて大分時間が過ぎていた。
「予定より遅くなったか」
浅蔵壬剣は早々に帰宅し赤槻昂我が見つけた物質を調べる気でいたが、その前に紅葉区と石霧区の事件現場も調べていたら大分遅くなってしまった。
二つの事件現場にも同様の物質が付着しているかと思ったが、そちらにそれらしいものはなかった。
《全知の視界》で過去と未来を感じようとしたが、暗闇の中、鎧の中から蒼い炎を漏らしながら歩く黒騎士の姿を見た学生が、ショックで倒れる姿だったので特に手掛かりはない。
(何故その後、襲わなかったのかまでは分からないが――理性がないから行動原理にも法則性はないのか……?)
浅蔵家は周囲を三メートル程の白壁で覆われており、中に入るにはこの巨大な門から入るしかない。
敷地内には専属の庭師が毎日管理している植木があり、辺りには銅像や噴水なども見受けられる。
誰もいない静かな庭を歩くと、目の前には三階建ての城の様な自宅が待ち構えている。
近寄る者を拒む外壁、威圧感のある洋館、まるで父親の様だ。
普段は家にいない事も多いので、直接顔を合わせる事は少ないが、家を見る度に思い出すのは良い心地がしない。
玄関で靴についた雪と泥を落とし、靴のまま室内へ進む。
暖炉には常に火が入っているので、冷え切った頬や手が温められていく。
屋敷内が静まり返っているのはいつもの事で、柱時計が時を刻む音だけがホールに響いている。お手伝いさん達は自宅に帰り、また翌朝から働いてくれる。
もし父親が帰ってきていればこの家には壬剣と父親しか存在しない。
螺旋階段を上り、西館三階廊下へと進む。
絨毯の敷かれた廊下を進んで自室に戻ると、やっと一息がつけた気がした。
コートを脱いで椅子に座ると、自然と息が漏れる。
自室は実に質素で黒を基調としたデザインのデスクと椅子、本棚。白黒のベッド、カーテン、飾りといえる物は何もない。
子供の頃から勉強一筋だったせいか、本棚に並んでいるのも参考書の類である。
特別感情を持つことはないが、疲れて帰ってくると少々寂しい気もする。
(今度観葉植物でも置いてみるか……)
浅蔵家は物心ついた時から騎士としての訓練を行い、心構えを学ばせる。
壬剣はいつか父親から騎士紋章を受け継ぐ。
その信念だけを持ち、常に生活してきた。体育や常日頃のトレーニングは騎士として騎士鎧を制御するのに必要な基礎体力。
勉学や書物の知識はどんな場面に遭遇しても臨機応変に対応できる知識。いつか金剛を継いだ時の為に、常日頃から無駄な行動はしたくなかった。
自分のやるべき事の為に全力を尽くす。無駄を全て弾き、意味のある行動を選ぶ。
それが騎士として騎士団長として、金剛の騎士紋章を継ぐ男の責任だと考えている。
何故なら騎士団長の自分が判断を間違えば、それだけで多くの人が犠牲になる
だから迷わない意志と的確な判断が要求される。
(そう考えると僕も父親と同じか、無駄を省き、結果を求める。努力した家庭に意味はなく、どんな手段を使ってでも理想を手に入れる)
世間的には正しいのかもしれないが、幼少のころから勉強に身を費やしてきた身、その努力を認めてほしいと考えるのは普通ではないだろうか。
父親の様に結果だけがすべてと割り切れるほど、成熟した精神は持てなかった。
だから努力をせず、騎士鎧で成り上がった父親を子供の頃から認める事が出来なかったのだろう。
それとここ最近、浅蔵の『慎重な完璧主義』にも疑問が生じ始めた。
それは大きなものではない。巨大な池に小石が投げられた程度のものだ。
それでも波紋は広がり、気を抜くとたまに思い出す。
あの男、赤槻昂我が原因だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます