第7話 代償-馴初
「何故、あんな危険な真似をした」
男は静かに俺へ問いかける。
整った顔立ちのせいか、冷静な口調がキツイ印象を受ける。
「途中まではただ見てたんだ。なんだあれって。
映画みたいだと思ったわけよ。寒い時期に大変だなーってね。
けどなんか芝居にしては空気が重いし、緊迫感も異常だしさ。
そこの彼女が危ない、って思ったら勝手に走ってたんだわ。
いやー、なんかの邪魔だったら悪かった!」
すると彼女は「と、とんでもない!」と、頬を染めて、顔の前で手を左右に振った。
「本当に、あ、ありがとうございました……とても、助かりました」
助かった割に彼女の表情が暗い。よく見ると昂我の左腕に視線が動いている。
「気にするなって、こういう無骨な見た目もカッコいいって思ってんだよね!
少し重いけど。んで銀髪のお兄さん、この腕の小手なんだか分かる?」
「お兄さんって……歳は貴様と左程変わらんだろう。馴れ馴れしい奴だな」
大きなため息をつき返され、昂我はあははと笑い返す。
「そのまま呼ばれるのも癪だ。自己紹介を済ませておこう。
僕は四桜都市第一学園、二年、浅蔵壬剣」
「四桜に通う銀髪の浅蔵……ってあの、浅蔵か!」
四桜の浅蔵といえば市内に大型の病院や血族に議員や著名人などを数多く持つ、あの浅蔵家だ。山の上には豪邸を持ち、毎日四桜市を見下ろしている。
浅蔵家は日本人にも関わらず銀髪が特徴で、市内では「銀髪の前では頭を垂れろ」と江戸時代から言われていたらしい。
「……そうだ、その浅蔵さ」
浅蔵自身も自己紹介の時に同じ反応を何度も見るのか、嫌そうな顔で肯定した。
「俺、有名人と会ったの初めてなんだよ」
俺が手を差し出すと、浅蔵はムッとした顔をする。
「ああ、わりい。こっちのが良いわな」
レプリカになっている左腕を出していた。
すまない、ワザとではないと心の中で謝罪しながらも、改めて右手を出すと彼は嫌々ながらも応じてくれた。
次に隣で見守っていた彼女が口を開く。
「私は綾乃坂女学院一年、凛那……凛那=ナイトレイです。助けていただき、あ、ありがとうございました!」
立ち上がって、彼女はペコリとお辞儀をする。動きが小動物のようで可愛らしい。素直な性格がにじみ出ており、箱入り娘の印象が強い。
「ナイトレイ?」
「はい、母がアメリカ生まれでしたから」
改めて見ると顔つきが違う。可愛らしさの中に美人らしさも兼ね備えていて将来有望そうだ。
「よろしく」
今度は右手をしっかり出すと、彼女は戸惑いながら握り返してくれた。
同じ学年だが言葉遣いや謙遜している雰囲気が残っているのは、やはり左腕に責任を感じているからだろう。
「さて最後は君だが」
浅蔵の言葉には『お前は何者だ』という疑念が含まれている。
「俺は緑木高校一年、赤槻昂我だ。好きなものは栄養素的に寿司、刺身。嫌いなものはない。しいて言うなら腐りかけの缶詰は不味かった。
あの固形物が溶けた舌触りが特にな。特技は楽をするために全力を出せること。
好きな科目は楽な授業。
昨日は真冬にも拘らず、妹のお菓子を買い出しに外出した優しい兄貴さ!
格言は『人生毎日、楽に楽しく生きていきたい』、そんな高校生だ!」
昂我は強く拳を握り、熱弁する。それに対して二人は何も言わず、空気が異様に寒い。
――きっと冬だからだろう。
「……休日の過ごし方の方が良かった?」
「お前、何でこの状況でそんなに明るいんだ」
浅蔵が呆れながら溜息をつく。「そんなに溜息をついてると早く歳を取るぞ?」と言いたかったが、余計な事をいうと面倒臭そうなのでぐっと堪えた。自分で自分を褒めてやりたいもんだ。
「性格だ!」
「性格か。今の状況を理解する前に、その明るさは伝えにくいものがあるな」
「コイツについてか」
ガントレットと化した左腕を叩くと、重々しい低音が跳ね返ってきた。
「そうだ。何処から説明したものか――まず僕達の素性から話そう。僕達は騎士という存在だ」
「普通そういう素性って隠すもんじゃないのか?」
「いや、今回ばかりは隠したままというのも不憫かと思ってね」
昂我の脳裏には、余計なマネをすれば斬ると言いながら、死ぬ前に教えてやろう、と見下ろす浅蔵の姿がありありと想像できた。
「……騎士って、あの王様とか守る?」
騎士というのは中世ヨーロッパに階級として存在し、王や城を守護する存在だったのは誰もが知る有名な話だ。
「僕達の場合はもっと大規模で、厳密にいえば守護するのは人類全てが対象だ。
僕達騎士は特殊な存在でね。全世界に十二名存在し、総称を騎士団ナイツオブアウェイクという。
《騎士紋章》が呼び出す《騎士鎧》の能力を使用し、人類の脅威または脅威に変化する可能性を秘密裏に処理してきた。
そして騎士が死んだら騎士紋章は次の者に受け継がれ……今は僕達が
「随分壮大な話だ……信じていない訳ではないけど、実感し難いな」
率直な感想を述べると共に、思った事も続けて伝える。
「そういや世界に十二名しかいないのに、そのうちの二人が何故もうここに揃ってるんだ?」
世界は広い、脅威の度に十二人の騎士が飛び回っていたのでは、間に合うものも間に合わないのではないだろうか。
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