第8話 代償-期限

「実は騎士の活動は三百年前にほぼ終了したらしい。当時は騎士に仕える仲間も多かったようだ。

 現代の騎士達は家紋のように騎士紋章を受け継ぎ、一般人と同じように生活している。だから元々付き合いのあった騎士は近くの地域に屋敷を築いた」


「仲が良いから、近くに住むって話か」


「君の言葉は乱暴だがまとめるとそうだ。実際、浅蔵家とナイトレイ家は昔から交友関係にある」


 こくこくと隣で凛那が頷いた。


 二人からは気品というか――テストの点数がお世辞にもよくない昂我的に言えば、お金持ちの坊ちゃんと箱入りすぎる娘さんのオーラを感じる。庶民の身としては眩しすぎて話をするのもおこがましい気持ちである。


「それじゃ、浅蔵――さんと、ナイトレイ――さんが昨日戦っていたという事は、」


「浅蔵でいい。ここでは先輩でもないしな」

「わ、私も凛那で大丈夫です」

 との二人の台詞に俺は言葉を改め、話を続ける。


「浅蔵と凛那が対峙していた相手――あの黒いのは人類の脅威なのか?」


「そのはず……だが」

 浅蔵の言葉は歯切れが悪い。


「僕達は騎士紋章を受け継いで日が浅い。しかも僕達が生きている間に事件が起きるとは思っていなかった。なんせもう活動はないといわれて受け継がれてきたものだ。だから経験ではなく憶測でしか話せないのを許して欲しい」


 構わないとの意味を込めて、昂我は右手を軽く上げた。


「便宜上あの男を黒騎士と呼称する。まず彼が何者かだ。

 三百年ぶりの脅威であることは騎士紋章が反応しているから間違いないだろう。

 しかしそれ以上の情報はない」


 しかし、と浅蔵は話を続ける。


「確実なのはあの男が騎士に恨みを強く抱いているという事だろう」


 黒騎士の言動や相対していた時の表情を思い出したのか、浅蔵が僅かばかり身震いした気がした。浅蔵は思案しながら顎に手を当て、ふむと口ごもる。


「人が変化した化物や人に化ける化物は神話や伝承にも存在するが……ダイヤモンド・サーチャーの【全知の視界】をキャンセルするほどの生物がいるだろうか」


 昂我のレプリカと化した左腕を見て、浅蔵は思考を巡らせるが明確な答えを出せないようだ。


「君が寝ている間に短時間だけ家の書庫で調べてきたんだが、まだ全て調べきれていなくてね。結局黒騎士の正体は掴めないままだ」


 それと、と浅蔵は口を開く。


「君の腕もダイヤモンド・サーチャーで確認したが、やはり結界のようなもので《全知の視界》でステータスが確認できない。

 これは見た感じの予想だが君はこれからレプリカに蝕まれていき、最後は黒騎士の仲間として心を失い、人類の脅威となる……といったところか」


 蝕む。

 今はまだ肘までだが、徐々に上に登ってきている様な雰囲気を感じられる。


「ダイヤモンド・サーチャーは黒騎士の能力を把握できなかったが取り巻く状況は見通せる。

 周囲の因果律を読み解くと、今の黒騎士の状態は孵化したばかりの雛に過ぎない。

 己の肉体と他者を鎧に変化させる術式を使用したんだ。

 それ相応の疲労があるのは当然。だが消耗状態から回復すれば黒騎士は再び活動し、被害は増すだろう。

 そうすればこの四桜市を始めとし、人類に多大な被害が出るのは明白だ」


「明白か……けど、いくら相手が強くても現代兵器で倒せる可能性もあるだろ?

 派手にやれば自衛隊や警察も出るだろ?

 流石に戦車や戦闘機には勝てないんじゃね?」


「殆どの人外の者は現代兵器が効かないのは昔からのお約束さ。

 理屈としてはそこに存在しているが本体が存在している次元が違う。

 狙った次元に干渉できるのは騎士鎧だけだ」


「じゃ、じゃあ浅蔵と凛那、二人の騎士が倒すしか打つ手はないって事か?」

 浅蔵は昂我の問いに無言で頷く。


「じゃあ、俺のリミットはどの程度なんだ。

 いつ全身浸食されちまう?

 自慢じゃないが俺は人一倍死にたくないんだ。

 いつまでも楽に楽しく生きていきたい派なんだよ」


 努めて明るくいったが浅蔵の表情は硬い。


「ダイヤモンド・サーチャーで見れない以上正確なリミットは分からない。もしかしたら君の気持ち次第かもしれないし、そうじゃないかもしれない。だが、一晩で左腕とみると――一週間程度か」


「一週間か……」

 なんと心もとない日数なのだろう。


 甲冑へと変化した左腕を握り締めるが、未だに死に直面している実感が薄い。


「今後は君――赤槻昂我が力尽きる前に――僕と凛那君で黒騎士を見つけ、倒すしかない」


「それが勝利への道筋ってやつか、分かりやすくて何とかなりそうじゃん。こっちは化物の天敵のナイツオブアウェイクの騎士が二人、浅蔵と凛那の鎧の力で、サクッて倒してしまえばいんだろう?」


 昂我の能天気な声は、騎士二人は届かなかったようだ。


「な、なにか、問題があるのか?」

 浅蔵は言い難そうに一度考える素振りをする。


「問題は黒騎士の硬度だ。

 凛那君の赤鎧ルビー・エスクワイアは戦闘型で《月をも貫く槍》を持っている。しかし黒騎士化を貫けなかった。

 それ故、僕たちは黒騎士に致命傷を与える術がない。また僕の白鎧ダイヤモンド・サーチャーは状況把握型でね。

 その個体の状況や戦況把握には特化しているが、戦闘となると有効打があるのを確認した事がない。つまり今の僕達に討つ手はない」


 打つ手はない。

 浅蔵の言葉に誰も言葉を返す事ができなかった。








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