第9話 代償-夕陽

「……他に仲間はいないのか?」


「僕も考えたが連絡先が掴めない。

 情けない話だが三百年間の月日は今の僕たちに大きな影響を与えてくれたよ。

 なんせ脅威が無くなれば自ずと音信不通になる。

 その結果、他の騎士との関わり合いが皆無なんだ。

 それに元騎士である僕の父親は騎紋章金剛を僕に受け渡したから戦う術がない。《紅玉》の保有者だった凛那君のお父様はつい先日亡くなられたばかりだ」


 三百年の時はあまりにも長く、騎士団はほぼ崩壊しているようなものなのだろう。

 それでは増援を期待するほうが無理な話だ。


 浅蔵との会話の間、ずっと申し訳なさそうにしていた凛那が、か細い声をあげた。


「わ、私はあの時、感覚的に槍を投げてしまいました。もしかしたら、もしかしたらですけど、もっと私の迷いが無ければ――黒騎士を――なんとか、できた、そう思うんです」


「正直なところ打開策はそれしかないと僕は思っていたよ」

 浅蔵は優しい声で凛那に微笑み返す。

 この二人の雰囲気は、なんというか兄妹のようだ。


 優しい雰囲気の兄と弱々しい妹。お互いが新米騎士ということもあり、精神的に支え合っている部分もあるのだろう。


「黒騎士を倒す方法は一つ。

 それは黒騎士自身も言っていた事だ。『紅玉騎士の槍で貫け』と。

 僕達は正直、まだ自分達の騎士鎧の性能を出しきれていないし、把握もできていない。だがここに可能性がある」


 確かに最強の槍を鍛えあげるしか今のところ方法はないだろう。


 昂我も自分の腕が侵食されているのだから、自分の事は自分で解決したいのだが、いかんせん今の昂我では戦闘の壁程度にしかならない。


 方針が決まったところで浅蔵と凛那はお互いに思う所があるのか、そのまま黙ってしまった。


 昂我も気軽に「方針も決まったし、これで倒せるんじゃん!」とは言えない雰囲気だったので、なんとなく窓に目を向ける。


 数分の静寂の中、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。

 反射的に凛那が「はい、どうぞ」と返答する。


「凛那さん、お茶が入りましたよ、やっとお取り寄せ品が届いたんです。

 季節限定のフレーバーティー! ふー! 

 お友達と一緒に、ぐぐっといっちゃいましょ! レッツ、パーリナイ!」


 突き抜けるような明るい声と華麗なステップで入室してきたのは、青と白をメイン色に据え、リボンとフリルが付いたエプロンドレスを身にまとったお手伝いさん。


 髪は短くショートカットの明るい少女で歳は凛那の少し下くらいか。弾ける笑顔が印象的で毎日笑っているだろうと初対面でも感じる事が出来るほどの明るさだ。


「あ、ナイトではないですね。イブニングでしたね……」


 室内の重たい空気を感じ取ったのか、方向違いの修正をしたお手伝いさんはクラシカルな机に紅茶を置いた。

 リンゴの甘い香りが漂い、三人は顔を見合わせて苦笑いする。


「あちらに移動しましょう」

 凛那がそういって、イブニングティーへと誘う。


 昂我はずっとベッドに座って喋っていたので丁度腰が痛かったところだ。

 年代物であろう椅子に腰かけて、お手伝いさんが楽しそうに準備している姿をみていると部屋の空気が軽くなるのを感じる。


 テーブルの上にはワッフルとアップルティーが置かれ、他にもチョコレートやカップケーキなどが準備され、まさに上流家庭のお茶会だ。


「ありがとうございます、夕陽さん」


 凛那が夕陽と呼んだメイドさんにお辞儀をすると、「いえいえ、準備も楽しいですから」とにこやかに笑い返してくれた。


 夕陽はてきぱきと動きながら、あらかた準備を終えると何かに気が付き一瞬立ち止まる。


「あら、凛那さん。髪留めなんて珍しいですね」


 ベッドの横で凛那はずっと俯いていて昂我は気がつかなかったが、頭の左側に髪留めが見受けられる。透き通る様な蒼石で作られ、雪の結晶をモチーフにした形をしている。


(随分高級そうな髪留めだな、さすがお嬢様か)


「ふーん、何処のブランドでしょうね、凄く綺麗です。あ、高級そうな所を見ると浅蔵様のプレゼントですね!」


 夕陽がにやにや笑う姿にゴシップが好きそうな主婦の面影を感じる。

 やはり家政婦として働くと、身近なゴシップを収集しようとするスキルが高まるのだろうか。


「父が金剛の騎士紋章を僕に受け継いだ時に、『もし他の新米騎士にあったら渡せ』とくれたものさ。

 凛那君は過去のデータでルビー・エスクワイアを動かしているから、どうしても直接騎士が動くより性能が落ちてしまう。そのための制御アシスト用さ」


 と、当の浅蔵はそっけない返事だ。

 思い返せば昂我にはルビー・エスクワイアやダイヤモンド・サーチャーは見えなかった。


 一般人には見えないのかもしれない。


「女子にプレゼントなんてあげてると、あのときみたいに許嫁様に叱られますよ?」


 何食わぬ顔で紅茶に手を伸ばそうとしていた浅蔵の手がビクッと止まり、クールな表情も今の一言で簡単にひきつる。


「べ、別に、恥じる理由などない。

 こ、これには立派な理由がある。

 同じ騎士として、凛那君とは兄妹同然に育ってきた身。

 初任務でお守りを渡すのも悪くはないだろう? 

 ナイツオブアウェイクの騎士団長としての務めだよ」


(浅蔵が団長とは初耳だ)


 だからこそ常に怯えた凛那とは違い、引き締まった表情をしているのだろう。

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