第10話 代償-守護者
「して、その許嫁様って誰なんだ?」
団長の話題よりも明らかに面白そうだったので、昂我はすかさず夕陽に尋ねた。
「彼女はですねー。ふふふ」
思い出すだけでも楽しいのか、夕陽の顔から満面の笑みがこぼれている。
(ああ分かった。この人きっと、真面目な人が困っているのを楽しむタイプだ)
「なんと生まれた頃からお互いに愛を誓い合った許嫁様なのです!
生まれも育ちも良い所のお嬢様で、気品に満ち溢れた活発なお方でして、お住まいは海外なのですが一年に一度だけ浅蔵様のお屋敷にいらっしゃるのですよ」
「ほー、漫画みたいな話だな」
「それでですね。去年なんて凛那さんが浅蔵様の御屋敷にご挨拶に伺った時にいらしてしまったので、もうなんと申したらいいか――地獄の一丁目? 三丁目? いえ、地獄の渋谷とでも申しましょうか――泣けや叫べや歌えやの大騒ぎで――実に楽しい宴……いえいえ、実に感情豊かなお方ですね」
夕陽はその場でくるくると踊りながら、マシンガンよろしく口から次々と思いついた事を吐きだす。しかしそこは銀髪の浅蔵。
一気に紅茶を飲みほし、にっこり笑顔で夕陽にお代りを促す。
「あら、もうちょっと味わって飲んでくださいませ。希少なんですから」
「いや、すまない。つい喉が渇いていたものでね」
ははは、と軽く笑いながら、浅蔵が話を切り替える。
「見ての通り、夕陽さんはナイツオブアウェイクの関係者だ。
今は殆ど残っていないが騎士には身の回りの世話をする
僕の家系にはもういないが、夕陽さんは紅玉を守るナイトレイ家に代々使える家系さ。だから話は聞かれても大丈夫。
ありがたく、お茶を頂きながら黒騎士対策を進めよう」
浅蔵の眼にはこれ以上話題を広げるなよ、貴様。
と強い意志が感じられるので、昂我はやれやれとアイコンタクトを返した。
この話題に対して凛那はどう思っているのだろうと彼女を窺うと、特に何も考えていないのか「ん?」と首をかしげる。
そしてハッと思いついた顔をして、こう言った。
「あ、彼女ですか、あの方はとっても可愛らしい方でお似合なんですよ」
困った顔をしながら結局話題を戻してしまい、浅蔵に咳払いされて、凛那は委縮する。
「さて、君が起きる前に凛那君と相談していたんだ。これからの君の処遇を」
「殺すとか言ってたやつか」
リンゴのフレーバーティーを飲みながら驚きもせず答える。身体に紅茶が染み渡っていき、身体の芯から温まるのを感じた。
「……聞こえてたのか」
「まあな、でもこの通りだ。左手だけ変化しているが意識はしっかりしている」
意志も蝕まれる可能性があるのかは分からないが、現状左手以外は健康そのものだ。
「そこでだ。君にはこの屋敷で事が収まるまで暮らしてもらう事にしたよ」
「ふーん……って軟禁かよ!」
手に持ったクッキーを危うく落としかける。
「君の身体は徐々にレプリカとして変化していく。
その変化を家族や学校に見られたくないだろう。
ましてや君がレプリカに完全浸食されたとき、そこが自宅や学校だったら全ての人に危害が及ぶ。
その為の処置だ。ここには紅玉騎士の凛那君もいるし、適所だろう」
「妥当だとは分かっているんだが……学校や家にはどういうつもりだ?」
「病状ならいくらでも書いてやろう。勿論今回だけだが」
浅蔵総合病院というバックボーンを持つ男が言う。
この辺りは何も聞かなかったことにした方が賢明かもしれない。
昂我は面倒な話題は広げない性格なのだ。
「俺は気にしないが凛那は良いのか?
さすがに同年代の男子を家に置くのは、抵抗あるんじゃないか?」
見た目や話し方通りに大人しい女の子だし、お嬢様学校の少女だ。男性への免疫もなさそうである。それを考慮するといかがなものか。
(――俺が事件を起こす考えはないが)
さすがに異性が近くにいるのは不味い気がする。
「と、殿方と一緒に暮らすのは確かに初めてですが、家には夕陽さんがいらっしゃいますし、大体の事は問題ないと思います」
凛那は頬を染めているが、その背中では満面の笑みを作っている夕陽がいる。
数分一緒にいただけで分かるが、夕陽さんは間違いなくこの屋敷の凛那を守るお手伝いさんだろう。はたまた魔王城のドラゴンか。
守護者の文字に間違いはないってことだ。
間違いを起こしてしまえば、昂我は守護者に狩られる哀れな怪物になってしまうだろう。
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