赤槻 昂我 - 1

第6話 代償 - 浸食

 話声が聞こえる。

 しかし赤槻昂我の意識はまだ眠気と戦っていた。

 

 眠気というのは世の中に存在するどんな脅威よりも手強く、いくら抗っても勝てないものの一つである。


 しかし一度跳ね起きてしまえば、それ以降は何とか持ちこたえる事も出来る。だからこそ今起きれば二度寝しなくて済むかもしれない。

 

――毎日そう思いながらも瞳を開けずに、布団の中でもぞもぞと身体を動かす。

 

 しかもなんというかこの布団、良い匂いがする。

 花の様な……小さい頃に野山で感じた事のある匂いだ。それに感触も違う。


(俺がいつも使っている真っ平らな布団ではない……固くない)


 記憶は混濁していた。

 昨日何処にいたか、今日は登校日か、休日か、思考を繰り返す事でまどろみが薄れていく。


「彼をこのまま寝かせておくのは危険かもしれない。もし目を覚ました時、《レプリカ》へと変化し、襲ってくる可能性もある」


「そ、そうかもしれません。けど、あのまま放っておく事も……出来ないと思うんです」


(あの後……あの後……あー、気を失ったのか……)


 タヌキ寝入りを決め込んだまま様子を窺う。

 どうやらここは何処かの一室らしい。


 昂我と年齢の近い男女が近くにいるのは分かる。

 声の感じからしてあのときの女子に違いない。

 その隣にいたのは昨日の銀髪男だろう。


 昂我はふかふかのベッドに寝かされ、熱がある訳でもないのに、おでこにはご丁寧にタオルが置かれている。状況から察するに二人が看病してくれたのかもしれない。


(とりあえず目を覚ますか)


 そろそろ身を起こそうとしたとき、物騒な言葉が耳に入った。


「――最悪、僕達の手で斬る必要があるかもしれない」


(おいおい、もう少し寝たい気分になってきたぞ)


 脳から筋肉を動かす信号をシャットダウンする。

 真面目そうな男の声は冷静な響きを持っている。近くにいる女子は息を飲んだようだった。


「騎士紋章が反応しているのが凛那君にも分かるだろう? この男も黒騎士同様に人類の脅威になりうる」


「……で、でも」


「凛那君を助けたのも事実。しかしそれはまだ人しての理性があったからだ。

 レプリカとなり、黒騎士の支配下では彼も人を襲う。

 それに黒騎士や被害者を生んでしまったことは僕たちの責任だ」

 

 室内にはエアコンの静かな稼働音だけが響く。

 きっと今日も外は寒いだろうな、なんて寝かされている身としては呑気に思う。


「事が進めば僕は彼を斬る、それが人類を守る騎士の役目だ」

「騎士の役目、ねえ」


「ん? 気がついたのか」

「やべ、声に出してたか」


 知らぬうちに思った事を口に出していたようで、額のタオルを退けてベッドから身体を起こす。


 辺りを見回すと寝かされていたのは古い洋室だった。部屋の壁紙は年代モノなのか少し色褪せているが、管理が行き届いており目立った劣化はない。


 客室として使われているようで花瓶や風景画、植物などが配置されて、気品を感じられる。


 ベッドの脇にいる二人は制服姿から学生だと分かる。


 男は目を引く様な銀髪で整った顔立ち。内面から自信が溢れ出ており、普段から適当な言動ばかりの昂我からすると真面目で面倒くさそうなタイプだ。


 その隣で驚きながら口を開けている少女は優しそうだ。髪の長さは肩につくかつかないか、セミロングというやつだろう。少し内側に毛先が向いているのは癖毛なのかもしれない。髪は薄いクリーム色で、顔つきにはまだ幼さが残っている。


「どうやら看病していただいたようで、ありがたい」

「あ、あの、身体は大丈夫ですか……?」


 恐る恐る少女は身体を気遣ってくれる。昂我は何度か腕を回して、自身の体をチェックする。切り傷等はないようだがどうにも体が重い。


「ああ、問題なさそ――って、あるな!」


 やけに重いと思ったら左腕の二の腕から手の甲にかけて、中世騎士のガントレットの様な物が装着されている。素材は鉄の様で漆黒の鈍い光を放っている。

 

 外そうと右手で無理やり引っ張るが、皮膚その物が変化しているのか剥ぎ取ろうとすると皮膚が痛い。


「その腕は昨日、君が彼女を護った代償だ」


 これがさっき彼等が話していた《レプリカ》へと変化している途中ということだろう。


「君は昨日、黒騎士の前に飛び出して彼女を庇った。そして約一日寝ていた」


 一日と言われ、部屋の壁掛け時計を見ると夕方前だった。


 思ったより寝ていたようで風邪をひいた時のように怠い。これもこのガントレットのせいだろうか。







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