第20話 夜風-家族

 夜二十二時、昂我と凛那は人気の少ない四桜駅に立っていた。


 四桜駅は四桜市で最も大きな駅だ。

 四桜市に住む住民の殆どは毎日この駅を利用し、この駅周辺のアーケード街で買い物などを行う。


 本来ならば休日前という事もあり、多くの人が行き交う時間だが、通り魔事件が連続で発生した事が再び報道され、今も人気はない。

 代わりに市内を走るパトカーがやけに目に付いた。


 昂我達は学生だと悟られないように、私服と学校指定ではないコートに着替えている。


 凛那は首に赤いマフラーを巻き、ベージュのダッフルコートを身にまとい、コートの裾からはスカートと厚手の黒タイツが見える。


 隣に並ぶ昂我はいつも着用している黒のパーカーの上に、さらに黒のダッフルコートを肩に羽織る番長仕様だ。


「な、なんか……強そうですね」

「この吊っている腕さえなければな」


 左腕はもう肩までレプリカに侵食され、骨折患者用の白い三角布で吊られている しかも夕陽がご丁寧に肩まで包帯でぐるぐるに巻いてくれた。

 しかも鎧の重量のせいか左腕だけやけに重く、真っ直ぐ立っているのが辛い。


 何とかパーカーに袖は通せたが、かさばってコートまでは通せなかった。

 その為、真冬の北風が吹く度にダッフルコートは高校生世紀末覇者と言わんばかりのはためきかたをする。


「とりあえず駅に来てみましたが、やっぱり黒騎士の気配はないですね」


 凛那は左肩を押さえながら辺りを確認する。

 ダイヤモンド・サーチャー程ではないが、近くに黒騎士がいれば騎士紋章が疼くらしい。


「手がかりもなく街に出てきたのは、やはり焦り過ぎたでしょうか……」


「まだまだ夜はこれからだぜ。

 しかも明日は休日、諦めるには早いって。

 夜の散歩ついでにここから前回の四桜公園まで歩いてみようぜ!」


「そ、そうですね。夜はまだまだこれからです!」


 夜に出歩くのは珍しいのか、いつもより少し元気な凛那を見て昂我は自然と頬が緩む。


 なんせここ最近はレプリカを見る度に申し訳なさそうに自責の念に捕らわれていたから、活気のある彼女を見ると安心する。


(無理矢理ではあったが、街に出て正解だったかもしれないな)


 今日の昼、浅蔵と別れた後、二人はナイトレイ家に戻り、何となく時を過ごしていた。

 春になれば二年生に上がるので課題らしい課題はなく、お互いに時間を持て余していたのだ。


 夕陽が作ってくれた夕食を食べた後に、凛那が徐々にそわそわしだしたのを覚えている。

 リビングにいても落ちつかないようで何度も外の景色を見たり、本を読んでも集中できない様子だった。


 彼女は昼、浅蔵に『単独行動はしないように』と釘を刺されていたのを律儀に守っていたのは誰が見ても明らかで、指示を待ち自宅待機していた。


 だが待つというのは辛いものだ。

 いつ来るかも分からない知らせを待ちながら過ごすのは気が休まるものではない。


(いや、考えてみたら俺は特に待つのが辛くはないか)


 とにかく一般的には辛いと聞いた事がある。


 しかも騎士の先輩である浅蔵は黒騎士討伐の為に様々な専門書を読み漁り、手がかりになる物をダイヤモンド・サーチャーを駆使して、調べるなど常に多忙だ。


 それに加え目の前で左腕が肩まで浸食された昂我の姿を見て責任を感じ、今すぐ動きたい衝動にかられたのだろう。


 だが黒騎士が何処に身を潜めているのか想像もつかない、だからこそ自宅で待つしかない。

 その葛藤があまりにも伝わってきたので昂我は自ら申し出た。


『外の方が俺としては、気が楽かもな』と。


 彼女は『こんな夜中に出かけて良いのですか』と言いながら、すぐさま私服に着替えてダッフルコートを羽織る。

俺の準備も待たぬうちに出て行きそうだったので、なんとか気持ちを落ち着けてもらい、試しに四桜駅まで来たのが経緯である。


 今向かっている四桜公園へは繁華街から一つ横に反れた静かな道を通る。たまに隠れ家の様な飲み屋を見つける程度で、後はビルばかりが目立つ地域だ。


「あ、あそこのビルまだ電気がついてますね」


 珍しそうに凛那が地上二十階以上はあるであろうビルを指差していった。


「もう十時も過ぎてるのにご大層なこった」


 しみじみと言葉を吐く。

出来ればこんな時間まで働きたくはないが、大人になればそれも叶わないのだろう。学生時代が貴重だったと自分たちもいつか思う事があるのだろうか。


「こんな時間まで大変ですね、ご家族もお家で待っているでしょうに」


 凛那も同じ事を考えていたのか、今も働いている会社員に同情している。

 昂我が同意すると凛那が何かを思い出したのか、小さく噴き出した。


「ど、どうした?」


 彼女はマフラーで口元を隠しながら、恥ずかしそうに呟く。


「いえ、ご家族で思い出したのです。昂我君の家に行った時、楽しそうなご家族だなって」


「ああ……あの時は恥ずかしかったな」


 妹が勝手に凛那を彼女なんて叫んだから両親が驚いて飛び出してきて、母は慌て過ぎてお茶に砂糖を入れようとするわ、父は何故かテンションあがり過ぎて、こんな奴のどこが良かったんだとか分からん質問するわで大変だった。


「ご両親があんなに明るいのって……なんか不思議な感じでした」

「凛那の家はどうだったんだ?」


 聞いて良いのか迷ったが、結局思った事を口に出してしまった。


「正直なところあんまり分からないんです」


 昂我の心配をよそに、凛那は全く気にしてないような声だ。








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