第21話 夜風-父親

「母は幼稚園の時に他界しましたし、父は殆ど家にいませんでした。

 だから先日父が亡くなっても大きな衝撃は受けませんでした」


 昂我はどう答えていいのか分からず、葉っぱのない寒そうな街路樹を見つめながら頷いた。


「ただ悲しみというよりは……虚無感の様なものはありました。

 この世界にいるのにまるで現実感がないというか、誰かの物語を読んでいる様な――自分が自分じゃない様な感覚。

 葬儀の後もすぐに騎士紋章を受け取ったので、今でも一人になった実感は少ないですけどね」


 このゴタゴタの全てが終わったら一気に喪失感が押し寄せてくると彼女自身も感じているのか、それ以上言葉を続けなかった。


「特に隠してる訳じゃないが、俺も両親の事、知らないんだ」

「え?」


 凛那は驚いて昂我の顔を凝視する。


「今の両親はなんていうか、育ての親って感じだな。

 本当の両親の事は知らん」


 今まで誰にも話した事がなかったのに、すんなり口にするなんて何故だろう、と珍しく自問し、胸のあたりが何だか熱くなっているのを感じた。


 境遇が似ているからなのか、凛那が話しやすいからなのか――どっちでもいいかと昂我は考えを押し込む。


「本当の親ってのは分からないけど、今は毎日明るくて楽しいのは確かだけど」


「ええ、明るい家庭、とっても羨ましいです。私の家は今思えばきっと、騎士としての役目を背負っていたから、私に接するときは厳しかったのかもしれません」


「騎士としての役目か……親父さんも紅玉の騎士紋章を持っていたんだもんな」


「はい。父はただ騎士紋章をお爺様から受け継いだだけだと思います。

 でも有事の際を考え、私には『常に品性に気を付けて生活しなさい』と言っていました。

 それが騎士としての振舞いの事だったとはここ最近気が付きました」


「品性を持ってか。出来そうで出来ない事だもんな」


 常に心に余裕を持ち、自分に自信がないとできない。

 凛那の父親は生涯戦場に立つことは無かったが、立派な騎士道精神を心に宿していた御仁なのだろう。


「父は騎士紋章を受け継いだ時、どんな気持ちだったのでしょうか。

 もう二度と分からないのによく考えます。

 父はあったのでしょうか、戦う意思が。

 もしも騎士鎧をまとい、紅玉槍を振るう時が来たら、立派に戦えたのかと」


「どうだろうな……はじめて戦うのは誰でも怖いとは思うけど。

 少なくとも――」


「少なくとも?」


「誰かを守る為なら剣を振るえるかもな、なんて」


「誰かを守る……ですか」


 私には誰かいるだろうか、そう口が動いた気がした。

 と、突然凛那が顔を上げる。


「ツッ……!」


 凛那が左肩を押さえて小さな呻きを漏らす。


「何故でしょう……ルビー・エスクワイアが普段より強く呼応しています……!」


「強く? 浅蔵が言ってた制御用アクセサリーの恩恵か」


 雪の結晶を模した蒼い髪飾りが月光に照らされ、昂我の瞳に強く反射した。素材は分からないが、騎士の能力を強化するとはゲームでいう能力上昇アクセサリーみたいなものなのだろう。


「大丈夫か?」


「は、はい……最近、騎士紋章が反応するとたまに眩暈が……で、でも大丈夫です。もし、これで、終われば……しっかり休めますから。む、向かいますか?」


 体調が悪ければやめた方が良いと昂我は言おうとしたが、彼女の瞳は珍しく昂我を真っすぐに見つめている。


 もしここで見逃せば、再度発見することはできないかもしれない。

 そうなれば昂我を助けるチャンスが減ってしまうと彼女は考えているのだろう。


 凛那は俺の顔を見て判断を仰ぐ。

 彼女の表情には決意の他にも不安の色も色濃く残っており、自身の袖を掴む手に力が入っている。

 負い目だけではない、何らかの意思を感じた。


「やれるのか」


「こ、怖いです。

 けど――昂我君の腕をみるともうこれ以上、逃げたくない……!

 助けてくれた人を、み、見捨てられない……と思うんです」


 彼女は胸の奥から振り絞るように声を出す。


「覚悟を決めれば一歩を踏み出せる。大丈夫だ」


 昂我は右手の親指を立てて、彼女に見せた。


「……まあ、戦わない俺が言う台詞でもないか」


 ははは、とお互いに笑いあい凛那は騎士紋章が反応する方向を向く。


「い、行きます」


 司令塔の浅蔵がいない事も不安ではあるが、ダイヤモンド・サーチャーの《全知の視界》は通用しない。


 ならば凛那のルビー・エスクワイアで倒すしかない事に変わりはないだろう。

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