第22話 夜風-意思

 走り出した凛那の後に付いて、ビルとビルの間に身を滑り込ませる。


 方角は四桜公園ではなく、オフィス街。


 ビルの間は街灯もない暗闇だが、月明かりが僅かばかり差し込んでいる。薄暗く狭い汚れた路地を走ると距離感が分からなくなるが、十分ほど進んだ頃だろう。


 四方をビルに囲まれた開けた場所に出た。


「ここは取り壊し損ねたビルってとこか?」


 高さは三階建てくらいだろうか、建物の半分は瓦解しており、取り壊し途中のまま放置された印象がある。


 近くに建機がないからおおよそ当たっているだろう。

 周りをビルに囲まれ、いつから放置されているのか全く想像がつかない。


 空から見ればここだけテニスコートくらいの広さがぽっかりと空いているのではないだろうか。

 まさに人目の多い現代で隠れて体力を回復するのにうってつけの場所だ。


「ここに、います」


 凛那は空間の中央で辺りを窺う。

 昂我も彼女の視線が補いきれない場所を探す。


 お互いに背中合わせになり、建物の影、路地、半壊した建造物を注視する。

 と、唸り声が聞こえた。


(子供の頃に聞いた、狼のような声だな)


 獲物を見つけた声がビルの壁に反響して響き渡る。


「――上だ!」


 ビルの壁面から唸り声が聞こえ、二人は見上げる。


 そこには獣のように、四足でビルの壁に爪を立ててへばりついている黒騎士の姿があった。

 初めて会った時の人間的な面影はなく、装着している黒鎧は生物的な変化がもたらされていた。


 ガントレットとグリーブは鷲の爪の様に鋭く、ビルに突き刺しても自重を支えている。


 兜の隙間からは黒い髪の様なものが漏れ出しており、瞳は爛々と月の様に黄色に輝き、人ならざる気配を発する。


「グルルルル」


 唸り声は鎧の中で反響しエコーが掛かっており、より不気味さをだしていた。


「こ、ここで仕留めます!」


 今や人としての理性を失った黒騎士を見て、凛那の左肩が淡く赤く光る。コートを着ているにも拘らず、外まで輝くという事は相当強い光なのだろう。


「お、なんとなく見えるのは、こいつのお蔭か?」


 凛那を中心として赤い甲冑が出現するのを昂我は肉眼で確認した。


 騎士鎧は騎士にしか見えないと聞いていたが、昂我にもボンヤリ見えるという事は、この左腕の侵食のせいだろう。


「グ、グアアアアアア!」


 黒騎士は壁に爪をたてたまま、こちらを威嚇するように吠える。

 凛那は祈る様に両手を胸の前で組み、ギュッと目をつむる。


 すると凛那の髪留めが蒼い炎を灯したように輝く。

 凛那は頭を少し押さえながらも、しっかりと黒騎士を補足する。


「ヅアア!」


 咆哮と共に黒騎士が凛那に向かって跳躍する。

 スピードはさほど速くない。まだ普通の人間でも避けれる速度だ。


 しかし凛那は目を瞑っているのでそこから動かず、祈りに集中している。


「凛那!」


 昂我が叫んだ瞬間、空間に弾ける金属音と火花。


 凛那のルビー・エスクワイアが黒騎士の初激を防いだのだ。

 黒騎士は空中で猫の様に一回転し、離れた場所に着地する。


「お、思ったとおりに動いてくれた……!」


 彼女が黒騎士を見つめたまま、小さな胸を撫でおろす。

 その間も蒼い髪飾りが青白く揺れており、彼女の行動をサポートしている様だった。


「あ、貴方はもう、意志はないのですか?」


 獲物を前にした獣のような黒騎士に対してて、凛那は出来る限りの声を上げて問う。


「ひ、人としての意思も帰る場所も、過去の道筋も全て失ってしまったのですか!」


「ウググ」


 彼女の問いに反応しているのかいないのか、黒騎士は小さく唸る。


「で、出来れば争いたくないです。

 何を今更とは思うでしょうが……誰とも傷つけあいたくないんです!」


「ウガアアアア」


 凛那の問いをかき消すように黒騎士は吠える。


「凛那、覚悟を決める必要がある」


「やっぱり……もう人ではないのですね……でも、もう迷わない……これ以上、迷えない!」


 黒騎士が足に力を込め、走りだした。

 ルビー・エスクワイアが《月をも貫く槍》を構えるのが分かる。


 意識を集中すると彼女が持っている紅槍が徐々に姿を現す。

 見えにくいとは言っても『核』となる部分なのだろう。


 他の部分より若干姿を捉えられる。


 三メートル程の紅槍は先端に赤いゴツゴツしたルビーの原石が確認でき、まだ削られていない無骨なものだ。


 それが槍の先端と刃の部分の全てを形成しており、切れ味が鋭いとは思えない。


 槍の側面には旗がはためいていて、何らかの紋章が刺しゅうされている様に見えるがそこまでは目視出来なかった。


「昂我君は……私が、私が守るから」


 己を鼓舞するように自分に言い聞かせ、ルビー・エスクワイアが走り出した。

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世界最弱の俺。人類の守護者(新人)と世界の脅威に立ち向かうようです。「ん?実は俺、最終的に世界最強?」 ひなの ねね @takasekowane

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