第4話 脅威 - 諦

「わ、わたし、で、できない! だって、あれは……あれは人なんですよ!

 さっきまで喋って、歩いて……これまで過ごしてきた過去もあって……私は人を――さ、刺せない!」


「凛那君、気持ちは分かる。だがダイヤモンド・サーチャーの能力では決定打に欠ける。ここは奴の言う通り、ルビー・エスクワイアの《月をも貫く槍》しかない!」


 左肩に存在する紅玉の騎士紋章が周囲を鮮やかな赤色に照らし、身体の中に熱が溜まる感覚がある。

 

 その熱はマグマの様に流動し、内側からの力に耐え切れず、凛那の意に反して騎士鎧が展開された。


 凛那と立ち並ぶのは真紅に染まった細身の赤鎧ルビー・エスクワイア。


 女性らしいフォルムで騎士団ナイツオブアウェイクの旗を装着した槍を手に持っている。


 だが一足遅かったか男の身体も完全に黒鎧に包まれていた。


 男の鎧は浅蔵達の騎士鎧とは違い、博物館や古い屋敷に置いてある無骨な鎧と瓜二つである。頭から足まで漆黒の甲冑に覆われ、所々が錆びつき、禍々しい雰囲気が放たれている。

 

 所々は錆び付き、幾多の戦場を生き抜いてきた鎧のようだ。また凛那や浅蔵の場合は半透明の鎧が展開されるのに対し、彼の場合は物質化した鎧を完全に身にまとっている。


 これまでの苦しみは何処に行ったのか漆黒の鎧を完全にまとった男――黒騎士はすっと背筋を伸ばし、その場に直立する。


 辺りに一瞬の静けさが訪れた。

 あの男はもう何も語らず、苦しむ事もなく、左腕を天に掲げた。


 徐々にガントレットに闇が集まり、攻撃の意思があるのは見るまでもない。


「凛那君、あれは――精神に影響を与える一撃だ――さあ、早く!」


 浅蔵はダイヤモンド・サーチャーの《全知の視界》で黒騎士に集まる闇を分析する。


 男はまだ力を溜めている。

 凝縮された闇は徐々に彼の左腕を包んでいく。


 凛那は力一杯目をつむり、意識を赤鎧ルビー・エスクワイアに集中させた。


 本来、騎士鎧は騎士と同じ動きをする。しかし戦闘経験のない凛那は自らが動くのではなく、騎士称号に蓄えられた《過去の騎士の記憶》を呼び起こし、ルビー・エスクワイアに動きのイメージを重ねる。


 するとルビー・エスクワイアが過去の記憶にアシストされ、徐々に、だが確かに力強く動き出す。


 凛那が『身構える』とイメージしただけで、(自身が動くより能力は衰えるが)それでも確実にルビー・エスクワイアは槍を構えてくれた。


「でも、私は――どうしたら――!」


 心はまだ迷っている。


 あの男は鎧に覆われ、黒騎士へと変化した。それでも中は人間だと信じたい。理性があり、本当は争いを好まない善人だと思いたい。


(でも、だ、だからと言って、私は彼を貫けない――?)


 だが浅蔵のいう事も分かる。

 今討たなければ確実に殺されるだろう。

 殺すか、殺されるか。


 騎士としての責任を果たすか、果たさず人として命を落とすのか。

 迷いはルビー・エスクワイアに伝わり、赤鎧は勝手に槍を構え、力強く投げるモーションに入る。


「だ、だめ! まだ、私は!」

(答えを出せないでいる――)


 混乱しているせいかルビー・エスクワイアを制御しきれず、手に持った槍を全力で投げる。


 槍は空中で騎士団の旗をパージし、旗は黒騎士に向かって赤い直線――槍の軌道を作りだす。その赤い道筋に乗り、ルビーの原石で作られたごつごつとした武骨な切先は真っ赤な流星となって加速する。


 時間にして刹那、腕を掲げたままの黒騎士の左胸に直撃――同時に周囲に爆音が轟く。雪が積もる地面は抉れ、空から芝生や土が落下する。


 男の直線状にあった公園の木々はなぎ倒され、自分で投げたにも関わらず、凛那は槍の威力に圧倒される。


「やったか……?」


 浅蔵はダイヤモンド・サーチャーで盾を構えながら、煙渦巻く爆心地を確認する。

 しかし、そこに漂う影が一つ。


「くっ――避けろ!」

「え?」


 浅蔵の声が聞こえた瞬間、眼前には黒騎士が左腕から放つ、黒い濁流が迫っていた。すぐさま《ルビー・エスクワイア》に防御を命令するも――間に合わない。


 黒い濁流に巻き上げられる土と雪、空気すらも濁流に巻き込まれ、ごうごうと音がし、身体が吸い込まれる。全てがスローモーションに感じられ、身動きできない。


(やっぱり迷ったのがいけなかった……!)


 直感的に意志が槍に乗っていないのが理解できた。

 黒の奔流は視界を覆い、凛那の瞳には星空もビル明かりも見えない。


 そこにあるのは漆黒の闇だ。


 しかし不思議な事に心は死に直面して恐怖を感じていなかった。

 何故だろうと考えたとき、浮かんだのは逃げだった。


 重圧から最も簡単に逃げ出す方法――戦って命を投げ出す。

 これなら誰も自分を責めないし、仕方ないと言ってくれるはずだ。


(誰かを犠牲にしてその重圧を背負って生きるよりは、良い事なのかも……ね?)

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