第2話

登校時間に雪町駅を通ると、改札へ向かう階段のわきにある三年前に死亡した女の子への情報提供を呼びかける看板が目に入った。


 私は当時中学生だったから、最寄り駅で子どもの遺体が見つかるという衝撃的なニュースに、大きなショックを受けた事は鮮明に覚えている。


 しかも、この辺りの子どもじゃなかったのだろう。その女の子に関する有力情報が何も無くて、結局は無縁仏として葬られてしまった。

そして、そのことが当時の私の中ではとても恐怖だった。


 自分がもしも知らない土地で死んでしまったら、やはり誰も知らないところで身元不明で葬られるのだろうと思えたから…………。


 当時はそんな事を考えてしまって、恐い夢を何度も見た記憶がある。思春期まっ只中で少し情緒も不安定だったから、身元不明の女の子に同情して同調していたのかもしれない。


 なんだか少し自分に似ている存在のような気がして……。





 花吹雪はなふぶき学園駅に着くと、私が通う花吹雪学園高校の生徒達が大勢電車から降りた。みんなそれぞれ友達に声を掛けたり手を振ったり一緒に歩いたりと、誰かしらに声を掛け合っているように見える。


 私に声を掛ける人はいないし、私も誰にも声を掛けない。だけど、それが私の気楽な日常だった。


 人に関わらない方がトラブルを回避できるから楽だった。私は人と関わると、自分の中の混乱とトラブルを生んでしまう。


 だからこそ、もっと人と関わった方がいいと親には言われるのだけど……。

私は小学生の頃にそれでクタクタになってしまったから、中学からは人と関わらないで1人で行動するようになっていた。



「おはよう」


 肩を叩かれ、1人の男子生徒が私に片手を挙げて自転車に乗ったまま通り過ぎて行った。


 いつもの彼だ。


 学校からそう離れていない所に住んでいるらしく、いつも乗っている黒い自転車には七色に光る派手な反射板と綺麗な鈴の音がするキーホルダーが付いている。


 彼だけは、なぜか毎朝私に声をかけて通り過ぎる。


 でも、学年もクラスも名前も知らない『誰かさん』。





 私は小さい頃から人の顔を覚える事が出来なかった。


それに気づいた母がいくつも病院を回り、診断名をつけられたこともあったらしい。だけど、どんな病名がついてもピッタリ合う症状ではなかった。

治療ができるわけではなく、治ることはないものだろうとわかると、母は『個性』として受け入れラベリングはしないと決めたという。


とにかく、私は先天的に人の顔を覚えられない性質だった。

覚えられないだけではなく、『顔』というものの認識を持てないのだ。


先天的に顔を覚えられない、というものはあるらしい。

個々の顔の識別ができないという病気だという。

 だけど私の場合は、額から眉、目、鼻、口、顎まで、それに頬、耳も含めて全てのパーツがその位置にある事は認識できている。だけど、全体を1つの『顔』として認識することが出来ない、ということみたいだ。


バラバラのパーツを見えても、それがまとまった『顔』というものが、私にはわからなかった。


 だから顔の識別は勿論できないけれど、そのうえ美醜も分からないし、体型や仕草でも人を見分けることさえ困難だった。


 つまり、人の認識自体が難しかった。


 太っている、痩せているの認識は出来る。身長が高い、低い、も分かる。


 Aさんは背が低くてやせ型の人、というのは分かる。だけど、背の低いやせ型のこの人はAさんだ、という認識は出来ないのだった。


 視覚的に『その人』の特徴を覚えることが難しい。


 唯一の識別手段が「声」だった。

とはいえ、声を覚えたつもりでも、視覚的に「その人」を見ると混乱する。

その声の人とその姿の人が一致しているのか自信がなくなるのだ。


 視覚的なことでも、顔のパーツで特徴的なものがあれば、何度も会う人であれば意識的に覚えられることもある。


 だから高校1年生になるまでに、その見分け方を努力して身に付けた。


 身に付けられたと言えるほど人の区別は出来ないのだけど、見分けるように努力しているというレベル。実際には人の認識は本当に困難だった。


 小さい頃はしょっちゅう母親を見つけられずに泣いていた。


 今では家族は服や声、顔のパーツなんかで、街中でも居るであろうと予想がつく場所なら、認識できるようになってきた。それでも、衣装持ちで髪型をよく変える妹だけは、街中で見つけるのは難しい。


 そんな私には、学校のクラスメートなんて識別困難なのだ。みんな同じ制服だし、慣れてくると決まった席と声や特徴的な顔のパーツがあれば何となく分かってくるけれど、そこまで慣れるのには本当に時間が掛かる。



 人が覚えられない私には、人間関係は苦痛以外の何ものでもなかった。

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