10・親戚のカフェ
第19話
電車に乗って花吹雪学園駅まで戻ると、海斗の行きつけというカフェに行った。
「俺の叔父さんがやっている店なんだ。中学の時の彼女たちを沢山連れて行っているから、変なことを言われるかもしれないけど気にするなよ」
「変なことってどんな?」
「いや、もしも何か言われたらってこと」
ああ、昔はきっと可愛い子を連れて行っていたんだろう。でも、面と向かってブスとは言わないだろうし、昔の彼女の話でもされるのかもしれない。
白い木のドアを開けて中に入ると、広くはないけれど白を基調にした明るい店内が見えた。
「ああ、海斗いらっしゃい。女の子を連れて来るなんて、久しぶりじゃないか。またえらく綺麗な子だね」
カウンターから顔を出した叔父さんらしき人が、優しい口調でそう言った。目が三日月になるところが、海斗とよく似ていた。
だけど、さっそく海斗が言っていた『変なこと』を言われたような気がした。
「叔父さん、こっちの席いい?」
海斗は隅のソファ席を指差して、奥の席に私を座らせた。
「まあ、海斗の高校の同級生なの?」
水を持ってきた福与かな叔母さんも、目尻を下げて笑っているようだった。
「香山葉月です。クラスは違うけど、長谷川君とは仲良くさせてもらっています」
私も笑顔を向けて水の入ったグラスを受け取った。
「よろしくね、葉月ちゃん。良かったね、海斗。こんな綺麗な子とお近づきになれて」
冷やかすようにそう言うと、叔母さんはメニューを置いて行った。
「……何か仕組んでいるの?」
私は海斗を睨みつけた。海斗は私と目を合わせてメニューを広げた。
「何がだよ。俺は何もしていない。それより、何食う?」
私は不満をぶつけたかったけど、海斗が無反応でメニューを見せるから、とりあえず気持ちを抑えた。
「……長谷川君のお薦めは? 食べたことがある人が美味しいと思うものが間違い無いから」
「じゃあ、このオムライスかな」
海斗がビーフシチューの中にオムライスが入っている写真を指差して、それを二つ注文した。
「どこどこ?」って声と共に、カウンターの奥から大学生くらいの風貌の女の人が二人顔を出した。
一人は家の中で着るようなティーシャツと短パン姿だったけど、もう一人は胸を強調した派手めの綺麗な服を着て、これから出かけるようだった。
「あ、海斗久しぶり!」
いかにも姉妹という感じの、少し似ている二人が並んでこちらへ寄って来た。
「おう、あやめはこれから出かけるのか?」
胸の大きい女の人に海斗が声を掛けると、彼女は「これから合コン」と言って笑い声を上げていた。
「女の子連れて来るの久しぶりね。今回は大当たりじゃん。彼女?」
「……ってわけじゃないけど。同じ学校の香山葉月。葉月、こっちは従姉のあやめとくるみ」
私は笑顔を作って会釈をした。
「ええっ。彼女じゃない子を連れて来るってことは、海斗が口説き中ってこと? モテ男廃業したの?」
「こんな美人、いくら海斗でもダメかもねぇ。嫌なら振っていいんだからね、葉月ちゃん」
言いたいことだけ言って、二人はケラケラと笑いながら去って行った。
私は再び海斗を睨んで「何なの? これ」と言って足を蹴っ飛ばした。
「痛っ。おまえ、暴力はやめろよ。何怒ってんだよ。親戚におまえのこと紹介しているだけじゃん」
「その前に、何か打ち合わせしているでしょ?」
「はあ? 何言っているの?」
海斗が心底呆れたような口調で吐き捨てるように言った。
私は腹が立って、黙って横を向いた。
「何怒ってんの? マジで」
「みんなに言わせているでしょ? 私のこと綺麗だの美人だのって」
海斗はまた目を見開いて驚いた目をした。ああ、本当に知らないのかも。
「ごめん。言わせていない……かな?」
「言わせていない」
「そっか、大げさな社交辞令だったんだね。……ごめん、蹴リ返していいよ」
「蹴らねえよ」
またいつもの三日月目を見せた。この海斗の目は、どこにいても見分けが付くような気がした。笑顔自体は分からないけど、この目で笑っているんだなって分かる。
「すっごい、ガン見されている気がするんだけど」
よっぽどジロジロと見ていたようで、海斗が大笑いした。
「顔は分からないんだけどね。笑っている時の目なら、長谷川君だって分かるような気がするの」
「あ……そう」
何だか変な言い方をして、海斗は横を向いた。何か気を悪くしたのだろうか? 実は自分の笑った目が嫌いとか?
「はい、オムライス二つお待たせ」
叔母さんが明るい口調でビーフシチューの中に入ったオムライスを運んで来た。
「あら、海斗ったらどうしたの? 赤い顔して。葉月ちゃんに見つめられて照れちゃった?」
そんな風に茶化して叔母さんは去って行った。
よく見たら、海斗は本当に赤い顔をしていた。
「どうしたの? 具合悪いの?」
「また、そっちかよ」
海斗は下を向いたまま、スプーンを取ってオムライスを崩した。
だって、別に赤面するようなことは何も無かったと思うけど。私がジロジロ見ても大笑いしていただけだし。
それとも、怒り過ぎて赤くなっているのだろうか。
「おまえって、本当に鈍いのな」
捨てゼリフのようにそう言うと、海斗は暫くの間、無言で食べ出した。
私もスプーンを取って食べ出して「すっごい、美味しい」とか言ってみても、海斗には完全にスルーされていた。
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