第7話
雪町のショッピングセンターに着くと、彼女のお薦めのカフェに入った。
「買い物じゃなかったの?」
「いいの、もう買うものは決まっているから。それよりね、葉月に聞きたかったの。どうして誰とも接しないの? 友達って全く作らないよね。対人恐怖症ってわけじゃ無さそうなのに」
頬杖をついて、美沙の目が私を真っ直ぐと見た。
私は美沙には好感を持てたけど、海斗の時のように自分の話をすることは出来なかった。それはたぶん、美沙が女子だからだろう。心の中では美沙は違うと感じていても、女子は裏表がある、口が軽い、お喋り好きで噂好き、という固定概念が抜けない。
「私、小学校の頃に女子特有の関係にうんざりしちゃったんだ。だから、中学は文字通り勉強をするためにだけ学校に通ったの。だから難易度高いって言われた花吹雪学園に入れて、高校でも同じように勉学に励もうと思っている」
とりあえずこれも嘘じゃない。女子の関係にうんざりしているのはやっぱり大きいと思っている。
美沙は何度もうなずいて「分かるな」と言った。
「私もそういうの苦手だから。陰口とか仲間はずれとかでしょ?」
「まあね、それもある」
陰口どころか、堂々と悪口だって言われたから。
「でもね、うちのクラスの子達はそういう感じは全然無いよ。まあ、葉月から見たらちょっと子どもっぽくてテンション高くて、毎日はしゃいでいるような子が多いかもしれないけど……。少なくとも悪い子はいないから」
美沙の言う通り、無視とか悪口とか子どもっぽいことをする女子はクラスの中にはいないとは思っていた。だからと言って、私のような他の人と違う状況の人間を偏見なく受け入れる、というのは難しいことだと思う。
身体や目や耳が不自由だとか、傍から見てもわかる障がいがあるのだったら優しく受け入れられるかもしれない。だけど、目には見えず、その真偽も客観的には分からないような状況の人を理解するのは難しいと思えた。
私の場合は『本当は認識できるんでしょ?』『あの人は分かってこの人を分からないっておかしい』なんてことは沢山出てきてしまう。
そういうのが負担でしかなかった。
「クラスの中でも葉月と友達になりたい子、結構いるんだよね。ただ、人を近寄らせないオーラ全開だから、みんな遠慮して近寄らないけど」
「なんで私と仲良くしたいの? みんなもう友達いるんだから、別にいいんじゃないの?」
それとも、クラスの中ではみ出している人がいると気になる、というノリなのだろうか。それはそれで困るなあ……。
「綺麗だからじゃない?」
美沙はそう言って笑い声を上げた。
綺麗…………? 私はそういう類の言葉を言われたことはなかった。
家族は可愛い可愛いと言ってくれるけど、小学校の頃は『変』だとしか言われなかったし、容姿に関わらず周囲から私に対するポジティブな言葉なんてほとんど聞いたことが無かった。
それに、中学の頃にハッキリとブスだと言われたことがある。
たぶんそっちが正しいのだろうと確信している。
「葉月のストレートヘアも綺麗だし、肌も白くて凄く綺麗でしょ? いつも背筋を伸ばして堂々と歩いているし、カッコ良く見えるんだよね。女子達は『ヘアケアとかスキンケアとか聞きたいなあ』って言っているよ」
「髪は毎朝ヘアアイロンで綺麗に伸ばしているだけだし、スキンケアは10代用のオールインワンジェルを使っている。はい、伝えておいて」
私は注文したクリームソーダにストローを入れて口を付けた。美沙がその大きな目を見開いたかと思ったら、少しの沈黙の後に大笑いした。
「面白いね、葉月は。分かった、聞きたがっていた子達に伝えておくね」
美沙はあえて顔のことには触れなかったように思えた。
私は自分の顔も認識が出来なかった。自分が美人だという確認も出来なければ、私なんて美人じゃない、という判断すら出来なかった。ただ、女の子の可愛い代名詞である大きな瞳は持っていないから、そこが自分の判断基準ではあった。
あとは外側からの言葉で判断するしか無いから、綺麗なのは髪と肌だけなんだろう、と自分でも分かっていた。それでも、髪や肌が綺麗と言われるのは嬉しいと思えた。
結局、買い物というよりカフェで何時間も話をして、帰る時になって美沙が花屋に立ち寄った。
「妹は白が好きだから」と言って、白い花を集めた花束を作ってもらっていた。白い花束って花嫁のブーケのようで綺麗だ。
「葉月の家は何駅?」
「ここが最寄り駅だよ。雪町から歩いて5分くらいのところに住んでいるの」
「そうなんだ、私は隣の紅葉ヶ丘なの。じゃあ、また明日学校でね」
美沙が手を振って駅の方へ歩いて行った。その後ろ姿を見ながら、私は小さくため息をついた。
明日もあのシュシュであの髪型ってことは無いだろうな……。
でも、あの大きな瞳は特徴があるし、あの細い鼻と綺麗に均等に口角を上げる口は見た事があるような気がするから分かると思う。口元のほくろも印象的だし…………明日になっても美沙を見分ける事は出来るかもしれない。
出来るといいと思うけど……。
そして、改札に向かう階段を上がって行く美沙の姿を見てハッと気が付いた。
階段の横にある看板が目に入ったのだ。3年前に遺体で見つかった女の子の眠ったような顔写真。当時はこの看板だけではなく、テレビや週刊誌にもよく顔写真が出ていた。私は顔全体が認識できないけど、顔のパーツはよく分かって記憶に残る。
あの身元不明の女の子の鼻と口が美沙とそっくりなんだ。あの女の子には口元にほくろは無いけど、確かに鼻と口はよく似ている。
私はそう気付くと、急にそのことを美沙に伝えたくなって、定期を出して改札を通ると美沙を追いかけた。だけどホームへの階段を駆け下りると、ちょうど電車が行ってしまったところで美沙の姿はもう無かった。
「……何やっているんだろう、私。顔のパーツがあの子と似ているからって、美沙には関係ないことなのに」
思わず小声で呟いてふとベンチの方を見ると、白い花束が目に飛び込んできた。
さっき美沙が妹に買った花束だった。そして、ここはあの女の子が亡くなっていたベンチだ。双子の妹に買った花束を、このベンチの上に…………?
もしかして、あの子が美沙の妹なの……?
だけど、それならどうして美沙も両親も名乗り出ないのだろうか?
それだけじゃない、近所の人だって気付くはずだ。隣駅なら知っている人が大勢いるはず……。
そこまで考えて、私は自分の妄想のような考えに苦笑した。
あの子が亡くなったのは三年前で当時七、八歳のはず。美沙の双子の妹とは年齢だって合わない。
ただ事実として分かっているのは、双子の妹の誕生日プレゼントだと言って買った真っ白な花束を、三年前に身元不明の女の子が発見されたこのベンチの上に美沙が置いて行ったということ。
たまたま忘れて行ったのか、意図して置いていったのか――――?
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