2・放課後

第6話

放課後、美沙と一緒に昇降口を出ると、自転車置き場からチリンチリンとうるさく自転車のベルを鳴らして近づいて来る男子生徒がいた。


 あ、七色の反射板に鈴のついたキーホルダーの黒い自転車…………。


「長谷川海斗、只今参上!」


 ふざけた調子で海斗が片手を上げた。昼休みには疲れるとかなんとか言っていたけど、充分ここの生徒のテンションに合っている人のような気がして、思わず笑ってしまった。


「変な登場の仕方。って言うか、目立っているよ」


 特に女子達が海斗の方を振り返って、たくさんの視線が私たちに集まっているのを感じる。


「だって、名乗れって言ったじゃん。あれ? おまえ、友達いるんじゃん」


 海斗が美沙に気付くと、笑ったのがその口調で分かった。


「二組の長谷川君だよね? 私、葉月ちゃんの友達の小松美沙」


 美沙はいつもより少し上ずった声を出した。しかも、『葉月ちゃんの友達』って…………。いきなりとっても仲良しになったような言い方だ。

 今日初めて話したのに。


 なんとなく女子を信用できないから、美沙に対する警戒心が強まる。


「えっと、小松さん? 小林さん? 2人でどっか行くの?」


「小松美沙。一緒に買い物に行くの」


 相変わらず上ずった声で、美沙が海斗に笑いかけている。海斗の目が私を見たから、私はうなずいた。


「買い物に付き合って欲しいんだって」


「そっか。じゃ、また明日な」


 軽く私の肩を叩くと、海斗は自転車に乗って帰って行った。


「良かったの? 葉月。約束していたんじゃない?」


 美沙が眉間にしわを寄せて目尻を下げた。これは…………困っている? 心配している……?


「なんで長谷川君と? 約束なんてしていないよ」


「そう? それなら、いいけど」


 そう言いながら、その大きな瞳で私の目を見つめた。美沙は他の人より瞳が大きい。この瞳は覚えやすいかも。だけど、この少し細めの鼻と、薄くて大きめの口はどこかで見た事がある……と、やはり思ってしまう。


 駅の階段を上がりながら、一歩先を行く美沙の歩いていく姿を見つめる。

 このうしろ姿は全く見覚えが無いのだけど。


「小松さんはさ、長谷川君が苦手なの?」


 美沙に続いて、駅の自動改札に定期をかざして通った。


「苦手? どうして? も、もしかして、そんなに私って態度悪かったの?」


 美沙がとっても焦って私の腕にしがみつくように顔を覗き込んで来るから、その勢いに圧倒されて少し足が揺らめいた。


「そうじゃなくて、小松さん、何だか声が上ずっていたから……」


「美沙でいいよ。苦手っていうか、緊張していたんだよ」


 小さく息を吐いて、その大きな瞳を私に向けた。


「葉月こそ、よくあの長谷川君相手に平然と話せるよね」


 美沙は目尻を下げて、笑っているようだった。私は扉の開いた電車に乗り込みながら、美沙が言った意味を考えた。


「あの長谷川君、ってどういう意味なの?」


「どういうって…………。あんなイケメン、滅多にいないじゃない。別に好きとかタイプとかじゃないけど、それでもすっごいカッコイイよね」


 そう言えば、海斗は人気者男子として女子の間でよく騒がれている。


 そうか、彼はイケメンなのか。といっても、私にはイケメンというものが理屈でしか理解が出来なくて、本当のところはよく分かっていないのだけど。



「そうなんだ……。私、長谷川君がイケメンって気付かなかったかも」


「そうなの? じゃ、葉月の中で長谷川君のイメージって?」


「イメージ……? 七色の反射板の付いた黒い自転車に乗ってるとか、人なつこい明るい人とか」


「じゃなくてぇ」


 美沙がフフフッとその鼻にかかる声で笑った。彼女の声は耳に心地よく響いて好きだと感じる。


「イケメンじゃないなら、どういう顔のイメージなのかなって?」


「顔……?」


 それがわかれば苦労しない。なんて、言えないけど。


「えっと、そうだな。メガネのイメージが強いかも」


「葉月はメガネ男子は好みじゃないの? メガネとか関係ないよ。本当にイケメンだから。今度ちゃんと見ておきなよ」


 美沙がケラケラと声を上げて笑った。

 イケメンね。その定義が分かればいいのだけど。


「それで、買い物ってどこに行くの?」


「雪町のショッピングセンターに行きたいんだ。明日、妹の誕生日なの」


「美沙にも妹が居るんだ。私にも四つ下の妹が居るよ」


 まだ小学生だけど、お洒落でおませなお陰で家に友達を呼ばれたりすると、妹の判別が難しいくらい毎日髪型も服装も変えていて困る。それでも、甘え上手な妹は可愛かった。


「うちは、双子なんだ」


「えっ、そうなんだ。だったら、妹というより友達みたいじゃない?」


 なんだか美沙は遠い目をして、それ以上は何も言わなかった。私は表情が読めないからどういう心境なのかよく分からなかったけれど、これ以上その双子の妹の話をしたくないのだろう、ということは分かった。


 そんな美沙への不信感は一緒にいるとどんどん薄くなっていく。


 ほかの女子達とは違って大人びているというか、憂 《うれ》いがあるような感じがした。どこか弾けてはしゃげない、心の中に何かを抱えているような気がしたのだ。


 たぶん私と同じように、人とは違う、どちらかと言えば辛い経験をしているのではないのだろうか。

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