第15話

放課後、私は学校の図書室で一人で試験勉強をしていた。

 県内でもトップクラスの高校だけど、試験前二週間を切っていても図書室で勉強をしている生徒は僅かだった。みんな受験勉強から開放されたから、部活に入ったり高校生活を楽しんだりしているんだろうか。


 私は結局、勉強をしている時間が好きなのかもしれない。集中して勉強をしている時は自分が何者であるかも忘れられて、それがとっても楽だった。


 少し休憩して図書室の本棚を見て歩いていると、入り口の方から男子数人の声がした。誰かを探している感じであまり静かな様子じゃなかったから、休憩していて正解だったと思った。勉強中に邪魔されるのって、集中力が切れてとっても不愉快だから。


「おまえ、本当にストーカーみたいだぞ」


 と一人の男子が笑い声をあげている。ストーカーと言われた男子が誰かを探しているようだった。


「昇降口に靴があるから、まだ家に帰ってないってことだろ? ここだと思ったんだけどな」


「昼休みもストーカー並みに居場所突き止めているし、そんなに好きなのか? 香山葉月」


 えっ? 私?

 私を探しているの? 昼休みって……。


「あいつは俺のこと、完全に友達だと思っているけどな」


 この声は……海斗だろうか……? 顔を見てもきっと分からない。声はそんな気がするけど、ちょっと動揺して判断が出来なかった。でも、男友達で昼休みに一緒に居るといったら海斗しかいない。


 海斗は本当に私のことを好きだったの…………?


 男子達は私を見つけられずに、そのまま図書室から出て行った。


 私は勉強をする気がなくなってしまって、鞄に荷物を入れて帰る支度をした。


「あ、おまえどこにいたんだよ」


 昇降口で男子生徒に声を掛けられた。長身で黒フレームメガネ。多分、海斗だろうと思ったけど、私は黙ったままその男子の目を見た。


 男子の目は三日月形になって、「悪い、俺だよ、長谷川海斗」とやっと名乗った。


 それと同時に、やっぱり海斗がさっき私を探していた男子だったのだろうか、と考えた。声も図書館に居た男子と同一人物かどうかまでは分からなかった。だけど、これは状況的にそうだとしか思えない。


「図書室で勉強していた。どうかしたの?」


「海斗のヤツ、ずっと香山のこと探していたんだよな」


 そう冷やかしながら海斗の友達が二人、笑い声と共に去って行った。


「……一緒に帰ろうと思って」


「うん、いいよ。って言っても駅までだよね?」


 私は笑ったつもりだけど、さっきのことが気になって上手く笑えたか自信が無かった。


 海斗は他に好きな子が居るわけじゃないのだろうか……? でも、考えてみたら、全部私の勝手な解釈だったのかもしれない。海斗自身が他の子を好きだとハッキリは言ってない……気がする。


 だけど、私は顔が分からないからなのか、誰かに恋愛感情を持ったことが無い。

 たぶん、恋愛をするには顔とか表情が分かることが重要なんじゃ無いかと思っていた。内面が好きっていうのは確かにあるけど、見ているだけでドキドキする人なんて今までいなかった。


 いい人とか好きな性格の人はいても、恋愛感情を持つには顔が必要なのかもしれない。

 たぶん、私は誰とも恋愛なんて出来ないと思う。だから、海斗がどんなにイケメンで頭が良くて性格が良くても、私はきっと好きになれない。


 それ以前に、恋愛に限らず誰かとの関係に深く踏み込むつもりは無かった。だから、もしも海斗が私を好きだったとしても、海斗を傷つける結果になるような気がした。


 まあ、海斗が私を好きなのかどうかもハッキリ分かってはいないから、ただの勘違いならいいのだけど。

 どちらにしても、楽な相手から好きな相手に格上げになる可能性がゼロじゃなければ、海斗には嫌われた方が良いのかもしれない。


 とりあえず、面倒なことを避けるためにも告白をさせることだけは避けたい。


 だって確実に傷つける結果になるのだから……。もしも少しでもその可能性があるなら、こちらから去ることを考えなきゃいけないような気がした。


 なんて、傍から見ればイケてない私がイケメンの海斗になにを自惚れているんだって感じかもしれない。

 彼が私を好きだなんて、ただの妄想で取り越し苦労で終わればいい。



「葉月、何か考えているの?」


 海斗が私の腕を掴んだ。


「上履き、履き替えてないけど」


 私は足元を見ると、確かに上履きのまま外に出ようとしていた。


「ああ、ちょっとボーッとしていた」


 急いで靴箱のところへ戻って、靴に履き替えた。


「おまえもそんな抜けているところがあるんだな。なんか、可愛く見える」


 この人は私を好きなのかも? って思った途端に可愛いなんて言われると、本当に好かれているんじゃないかと思ってしまう。


「そんな恐い顔すんなよ。誉め言葉だって」


 そう海斗に言われて、私はそんなに恐い顔をしていたのか、と思った。それがどんな顔なのか想像もつかないけど、つまりは海斗に好かれたらダメだと思って警戒しているのかも。


「長谷川君って、声の高い……聞こえにくい声の子を好きなんだよね?」


 自転車置き場で自転車を出している海斗を見ながら、私は確認してみた。


「それって、葉月が勝手に言っているだけじゃん。んで、勝手に泣いていたけど」


 またいつもの三日月目になって、海斗が自分の鞄を私に渡した。


「うしろ乗って」


 これ……自転車で二人乗りなんてしたら、完全に付き合っている感じじゃん。


 私が躊躇ちゅうちょしていると、海斗が私の頭に手を乗せた。


「もう下校時間とっくに過ぎているから、誰も見てないから大丈夫だって」


 別にあの女子達の黄色い声が嫌なだけじゃなくて、海斗を勘違いさせるのが嫌なんだけど……。


 いや、もしもさっきの図書館にいた男子が海斗だったなら、勘違いしていなかったな。あの男子は私が自分を完全に友達として見ているって知っていたから。


 だったら、別にいいか。

 私は自転車の後ろに横向きに座った。


「意外と軽いじゃん。飯食っているか?」


「長谷川、乙女に向かって失礼!」


 海斗はゲラゲラと笑って「軽いって言っているのに怒るの?」って言っていた。


 自転車だと、あっという間に駅に着いてしまった。


「ありがとう。じゃあ、また明日」


 私は手を振って改札に入ると、海斗は無言でこちらを見ていた。

 ただ駅までの数分のために私を探していたのだろうか? それとも、用事があったのに私が改札に入っちゃったの?


 少し気になったけど、もう改札に入っちゃったから仕方が無い。私はホームに出る階段へ向かった。

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