第10話
お風呂上がりに携帯を見ると、海斗からメッセージが来ていた。今まで携帯電話は家族との連絡ツールでしかなかったけど、初めてアドレス帳に家族以外の名前が入った。
内容は他愛の無いもので、会話のように返信してはまた暫くすると返信が来た。リビングのソファで髪をドライヤーで乾かしている合間にそんな子とをしていると、妹の睦月がソファの後ろに立って覗いて来た。
「葉月ちゃん、誰とLINEしてんの?」
睦月が前髪に付けている大きなスポンジカーラーが私の頬に当たった。
「お姉様とお呼び。ちょっと顔近いし」
睦月の顔を手で押すと、丸くて大きな目をもっと丸くした。
「友達とLINEしてんの? 『明日は駅前で待っている』って、もしかして彼氏?」
「人のLINEを見ない! ただの友達だよ」
「友達?」
睦月の目がパッと見開いて、開いていた口元も両方の口角が上がった。これは、とっても嬉しそうな表情。
「ママ! 葉月ちゃんに友達が出来たみたいだよ!」
キッチンで夕食の片付けをしていた母のところへ駆けて行って、興奮したように抱きついていた。
「ええっ? 本当に?」
母の驚いた声も聞こえてきた。「葉月、本当に友達が出来たの?」カウンター越しに母の目が私の方に向いていた。
「まあね。入学式の時も話していたみたいなんだけど、全然認識できていなくて。昨日から急に話すようになったんだ」
入学式の時も話したのは覚えているし、毎日挨拶もしていたけど、私としては昨日から急に話したような、そんな感覚でしかなかった。
「しかも、男の子っぽい名前だったよ。彼氏じゃないのかな?」
睦月が母に
「だから、友達だって。そのうち向こうに可愛い彼女が出来たら相手にされなくなるかもしれないけどね」
私は最後に“おやすみー”って送信して、携帯をテーブルの上に置いた。
「葉月ちゃん以上に可愛い人なんていないから大丈夫」
睦月は私のところへ犬が駆け寄って来たかのように走ってきて、お腹に抱きついてきた。
さすが実の妹は優しい。でも、私は顔の美醜も分からないから、別に気を遣ってもらわなくてもいいんだけど。
自分では顔の美醜は分からないから、実際のところ興味も無いのだけど。
一般的な自分の顔のレベルについて、ハッキリと自覚した出来事があった。
中学生の頃、文化祭に毎年ミスコンのようなイベントがプログラムされていた。
男女それぞれ校内で一番の美男美女を選ぶ、というコンテストで、男子は女子に、女子は男子に投票する。事前に全生徒に投票用紙が配られてその場で回収されているシステムだった。
美醜のわからない私には美男は分からなくて、人の区別さえつかないから毎年白紙で提出していた。
中三だった去年、文化祭委員からその投票結果がある後夜祭に出るように言われた。文化祭の日は出席を取らなかったから、私はいつも事前準備にだけ少し参加して、当日は文化祭には行った事が無かった。だから、最後くらいはみんなで出席しようということだったらしい。
それでも、私はいつも通り文化祭も後夜祭も出なかった。
その次の日の休み時間、他のクラスの女子が数人で教室を覗いて、「香山葉月なんてブスじゃん」「琴美の方が可愛いよね」「友達が居ないんだから、性格もブスなんだよ」って嫌味を散々ぶつけて戻って行った。
何を言われてもどうでもいいと思っていたけど、久しぶりに女子の嫌な部分を見たような気がして不愉快ではあった。
その日の放課後、数人の女子に待ち伏せされて、校門の横という目立つ場所で話をした。
話をした、では無くて、文句を言われた、が正しかったのだけど。
休み時間に来た女子達と同じ子なのかどうかも分からないけど、嫌味な言い方がよく似ていた。
「あんた、安西君に色目でも使ったんじゃないの? 何を勘違いしてんの?」
「琴美がずっと安西君を好きなのは有名だよね?」
「あんた、自分が思っているよりずっとブスだから、きちんと鏡を見たほうがいいよ」
内容はどうでも良くても、そんな罵倒に近い言葉を浴びせられて流石に頭にきた。
「安西君も琴美って子も、誰なのか全然知らないし興味も無い。私は自分の顔がブスでもどうでもいい。なんの話かもサッパリ分からないし。分かったのは世の中に失礼な女子連中がいるってことだけ」
私はそう言い捨てて家に帰った。本当にその時は意味が分からなかったけど、後でその校門でのやり取りを見ていたお節介なクラスメート達が聞いてもいないのに色々と教えてくれた。
琴美が安西を好き、というのは中一の時から有名で何度も告白をしているらしい。琴美は目が大きくて色白で華奢な可愛い女の子らしい子で、いつも文化祭のコンテストで上位に入るとか。
で、そんな可愛い琴美が狙っている安西だから、彼に言い寄る女子は誰もいないらしい。
琴美が「今年の投票用紙には私の名前を書いて欲しい」と安西に言ったら、「毎年好きな子の名前を書いている」と答えて、それが私の名前だったという話だった。
その上、安西は校門でのやり取りを見ていたようで、私が安西の事を全然知らないし興味も無いと言ったことに傷付いたとか。そんな事までご丁寧にクラスメート達は教えてくれた。
その後、その安西が「香山を好きだという事にしたのは、琴美がしつこいから」「香山は近くで見たらブスだったから、好きなわけじゃない」と言っていたようで、私は完全に巻き込まれて、ただ嫌な思いをしただけだった。
自分の顔の造りも美醜も分からないけど、複数の人にハッキリとブスと言われたら、そうなんだという理解くらいは出来る。
とは言っても、ブスという事柄自体が私にとっては頭の中の知識レベルだから、幸い羞恥心や劣等感を持つことは無かった。
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