9・黒歴史
第17話
海斗が観たいと言っていたホラー映画はR15指定されている海外の病院ものだった。
血やら内臓やらはそれほど出てこないけど、残酷で悲惨なシーンが満載で、終わった頃にはすっかり具合が悪くなっていた。観客たちも途中で退席する人も何人もいた。
「さすがにエグい映画だったな」
それでも海斗の口調は爽やかだった。
「おまえ、大丈夫か? ホラー平気なんだろ? 真っ青じゃん」
「……ちょっと酷すぎる。誰が誰だかよく分からないけど、残虐シーンが多すぎる」
「そうだったかもな。歩けるか?」
海斗が私の手を引っ張って立ち上がらせた。
「あんなのが観たかったの?」
「俺、字幕があれば何でも映画って好きなんだ。ホラーでもSFでも恋愛ものでも何でも」
そうか、字幕が無ければ聞き取りにくいものもあるということだ。私は顔の区別もつかないし、表情が分からないから映画って観ても楽しさがわからないんだけど、海斗は字幕があれば音が多少聞き取りにくくても楽しめるのか。
「俺は腹減ったけど……葉月はものを食べる気分じゃない?」
「まあね。でも、のどが渇いたから何か飲みたい」
梅雨入り前のとても暖かい陽気で気持ちがいい天気だったから、海斗が公園に行きたいと言ってデートコースで有名な銀杏が丘公園に行った。
見事にカップルばかりだったけど、手を繋いでいる私達もそう見えるかもしれない。
ということは、この中にも本当はカップルじゃない人たちもいるのかもしれない。なんて、どうでもいいことを考えながら歩いていた。
「ここ、有名なホットドッグ屋があるんだ。そこで食ってもいい?」
いつもより細くなった三日月の目を見ると、海斗が喜んでいるように感じる。きっと美味しいホットドッグなんだろう。
海斗はホットドッグとドリンクを買って、ベンチで待っていた私のところへ戻って来た。
そして私に紙コップのジュースを差し出しながら、となりに腰を下ろした。
「恋愛相談してもいい?」
ホットドッグを袋から出しながら、海斗の目が私のほうに向いた。私はアヒルの泳いでいる池に視線をやり、海斗から受け取った炭酸のジュースに口を付けてうなずいた。
とっても綺麗だという好きな子の話ね。
「俺さ、中学の頃は入学した直後から一個上の先輩と付き合い始めてさ。そっからめっちゃ短いスパンで次々と彼女が出来て付き合っていったんだよね」
海斗はやっぱりかなりのプレイボーイだったのか。まあ、超イケメン男子ってそういう感じなのかな。
「全部相手から告って来て、別れるのはほぼ俺の方から言っていた」
来るもの拒まずだけど、気に入らないとポイ捨て……ということ?
そんな心の声を抑えながら、私はアヒルが泳ぐ姿を見つめて話に耳を傾けた。
「結局、みんな俺の顔がいいから寄って来るけどさ、きっとそれだけなんだよな。俺は付き合った子の中で半分もマトモに声が聞こえる子がいなかった。だから、マトモに会話が成り立たなかったんだ。女の子が一人でペラペラ話して、俺が聞いていようが聞いていまいが関係ない。ただ、俺が一緒に歩いていたらそれでいいって感じだったのかもしれない」
そういうことか……。それなら別れたくなるかも。だけど、きっと女の子達はカッコイイ彼氏が出来て有頂天だったのかな。私はカッコイイ男の子ってものが分からないから、そういう気持ちは全然分からないけど。
「だけど、正直に『会話が成り立っていないから別れたい』って言うと、ほぼ全員に泣かれて嫌だと言われたんだ。彼女達は俺と一緒にいてなにが楽しいのか、本当に分からなかった。俺の写真に話しかけているのと一緒じゃんって思ってさ」
海斗の目を見ると、目を細めて目の前の池よりもっと遠くを見ているようだった。
私はただ頷きながら、黙って海斗を見ながら話を聞いた。
「中2までそんな感じで、本当に何人もの子と付き合っては別れて、をくり返した。でも、みんな同じでさ。俺の方が相手を好きだと思えるまでいかずに別れていた。それからは受験を理由に付き合うことも断って、男友達と遊んだりはしたけど、彼女は作らずにただ受験勉強に打ち込んだんだ」
「どうして好きじゃないのに付き合ってきたの?」
思わず口を挟んでしまったけど、どうしてもそこに引っ掛かった。
「初めは単に好きって言われて嬉しかったんだと思う。けど、そのうち『この子は俺の顔以外を好きになってくれたんじゃないか』とか『俺が好きになれる子がいるんじゃないか』とか、『この子には耳のことも話せるかもしれない』とか、そんな風に相手に期待をするようになったのかもしれないな」
黙っていてもどんどん女子が寄って来るなら、お試し感覚で付き合っていくのが当たり前だったのだろうか……? モテ男にしか分からない感覚だけど、モテ男にはモテ男の悩みがあって、そんなに楽しかったわけじゃないのかもしれない。
「で、高校に入ったら、入学式の時にいきなり普通に話せた子がいたんだ」
海斗は真っ直ぐ前を向いたまま、目が三日月になった。
「今まで寄って来た女子って、俺と話す時にはテンション上がって声が1オクターブくらい高くなっちゃってさ。元々女子の声は聞きにくいのに、より高くなって聞こえなくなるんだよね。だけど、その子は普通のテンションで俺の顔を見ても赤面しないし、本当に普通なんだ」
なんだか話を聞いていると、段々このモテ男の感覚が気に障ってくるのは気のせいだろうか。女子が自分を意識して声が上ずったり赤面したりするのが当たり前のような言い方。
まあ、きっと海斗に話し掛ける女子がほぼ全員そうだった、という事実があるからそう言っているに過ぎないのだろうけど……。
本人がそんな話をするのは少し可笑しかった。
「でもって、めっちゃ綺麗なんだよ、その子。こっちが赤面しそうなくらい。テンション上がって色々と話しかけちゃってさ。それから毎日頑張って俺の方から声を掛けて挨拶だけはしていたんだけど、その子の方は全然俺を認識していなかったのな」
あれ……? この話のくだりって……どこかで聞いたような気がする。
私は鈍感なのかもしれないけど、これってやっぱり私のことなんだろうか? それとも違う誰かとの似たような話?
私が海斗の顔を見上げると、海斗もこちらを向いて私の頬に手を当てた。そして、そのまま私の顔を覗き込んで来た時に気が付いた。
「長谷川君の好きな人って、めっちゃ綺麗なら私ではないよね?」
海斗は目を見開いて、瞬時に私の頬から手を引っ込めるように離した。
これは、驚いた顔をしているのかな……?
「ご、ごめんね、変なこと言って。そんなこと当たり前だろうけど、なんだか私と長谷川君との関係に似ていたから。私もちょっと自惚れちゃった」
海斗は話す気を失くしたのか、足を組んで横を向いてしまった。
「ごめんってば。もう余計なこと言わないで聞くから」
「いや……またにする。――また話すから」
話の腰を折って怒らせちゃったのかな……。表情が分かれば、なにかを察することもできたのだろうか。
海斗は少し横を向いたまま、ベンチに置いていた残りのホットドッグを食べ出した。
「あのね、あまり楽しいところじゃないけど、次は私に付き合ってもらってもいい?」
私は海斗がホットドッグを食べ終わるのを待って立ち上がった。
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