第22話

「それで、結局のところは長谷川君と何かあったの?」


 暫くの沈黙の末、もう自分の話は終わりだと区切りをつけるように、美沙がその話をまた私に振った。


 それでも海斗のことを考えたくなくて、私はまたため息をついた。


「あのさ、私は自分の顔も認識できないんだよね。美醜も分からない」


 おもむろに話し始めると、美沙が少し首をかしげて私の方を見た。


「で、前に美沙は私の髪と肌が綺麗だって誉めてくれたじゃない? あの時、顔のことは言わなかったし……。私、中学の頃にブスだってハッキリ言われたことがあったんだよね」


「えっ? 葉月ってずっと自分をブスだと思っていたの?」


 美沙はもの凄く目を見開いて、大きな目が更に大きくなった。


「だけど……葉月と同じ雪町中だった子に聞いたけど、葉月って3年連続で文化祭のミスコンで一位だったんでしょ?」


 ええっ? そんな話は聞いたことも無かったけど。


 私は驚き過ぎて言葉にならず、目を見開いて美沙の目を見た。


「えっ、葉月は知らなかったの?」


「毎年コンテストがあったのは知っているけど、結果なんて聞いたことが無かった。後夜祭も一度も出なかったし。それに、その次の日にブスって言われたんだよ、去年」


 私は中三の時の琴美と安西絡みの事を美沙に話した。


 美沙は大笑いして「それは負け惜しみの『ブス』って言葉だね。みっともない」ってお腹を抱えていた。


「実はその話も有名っていうか…………。葉月は知らないかもしれないけど、雪町中だった子ってクラスにもいるんだよね。その子達からそういう話を聞いたことがあるよ。綺麗なだけじゃなくて、一人でいてもいつも堂々としていて、先生にも普通に意見するし、感じの悪い女子達にも言い返した事もあって芯が強いんだって」


 女子はやっぱり噂話が好きなんだな、と思った。私は女子の輪の中に入っていないから知らないことも多いけど、そうやって私の知らないところで、その場にいない私の話まで行き交っているのか。


「それにね、入学前から雪町中で3年連続ミスコン一位の女子が花吹雪に入学するって話題だったの。で、入学式で次席入学の表彰があったでしょ? 男子は大騒ぎだし、女子もかなり葉月には注目していたよ」


 美沙の口ぶりでは、どうやら冗談では無さそうだった。


 そう言えば入学したばかりの頃は、やたらと声を掛けられたのを覚えている。みんな友達を作る時期だからだと思っていたのだけど。それでも私が一人で居たいオーラを出し続けて、なんとか納まったような印象だったかもしれない。


「だけど、男子からは言い寄られたことなんて無いよ」


「そりゃ、そうよ。ただの噂だって葉月は気にしていなかったけど、長谷川君が葉月を好きだって公言していたんだもん。長谷川君に対抗しようと思う男子もいなければ、葉月に敵う女子もいないから、二人はいつカップルになるのかって周りは本当に心待ちにしていたんだよ。今は完全に付き合っていると思い込んでいるし」


 はあっ? そんな大袈裟なことになっていたの?


 だったら、私が断ったりしたら別れたって大騒ぎになるのだろうか……。


「たぶん、学年中で知らないのは葉月だけだったんじゃないかな。長谷川君はしょっちゅう、昼休みに葉月を探しにうちのクラスに来ていたんだよ」


 なんだか、段々恥ずかしくなってきた。入学して三ヶ月近く経つけど、そんなに周知されていることだったのか。私なんて海斗を認識できたのは数日前なのに。


「じゃあ、もしも私と長谷川君が付き合うことが無かったら、多くの女子に希望を与える結果になったりする?」


 そう考えると、前向きに断ることも出来そうだ。


「どうかな? 初めは希望を持つかもしれないけど、一人でも振られたら、やっぱり葉月レベルじゃなきゃダメなのか……ってなると思う」


「そんなにレベル高く無いと思うけどね。勉強オタクになれば誰でもあれくらいの成績取れるし。大体、私には色んな問題点があるじゃん。その時点で人並み以下だよ」


 私は小さくため息をついた。何だかんだと言っても、顔の認識が出来ないことは最大のコンプレックスなんだから。


「隣の芝生は青いってやつだよね。本人じゃないと分からないことも沢山あるから」


 美沙は声を立てて笑うと、もう冷めてしまった紅茶を飲み干した。


「だけど、もしも長谷川君と付き合わないって周りに分かったら、葉月の所にも遠慮なく男子生徒が寄って来ることは覚悟した方がいいよ」


 そうなるかどうかは分からないけど、もしもそうなったら……それはそれで問題もあるな。私は顔が分からないから、人が関わろうとしてくれると、それだけでトラブルの可能性が高まる。


 かと言って、トラブル回避のために海斗と付き合うなんてことも出来ないし。私はまた大きくため息をついて、抱えていたクッションに顔を埋めた。


「やっぱり告られたんだ、長谷川君に」


 美沙はからかうわけでもなく、その大きな瞳で真っ直ぐな視線を私に向けた。


「……まあね」


「なんで悩んでいるの? だって、お昼を一緒に食べたり一緒に帰ったりって、今でもしているでしょ? 昨日はデートもしたんでしょ? 何が違うの?」


 そう聞かれると、また混乱する。だけど、お昼を食べたり一緒に帰ったりは本当につい数日前からの出来事で、ずっとそうしてきたわけじゃない。


「たぶんね、今ならまだ引き返せるって思っているの。ここで断れば、長谷川君だってもう近寄って来ないだろうし……」


「……そっか。まあ、私は無責任なことは言えないけど。でも、あんた達は本当にお似合いだよ。客観的に見たらね」


 美沙はそう言うと時計を見て「もう帰るね」と言ってバッグを持った。


 玄関を出る時も両親と睦月は大騒ぎで、どんな友達なのか知りたいようでしきりにリビングに誘ったけど、私が阻止して美沙と一緒に出て駅まで送った。


「美沙は今、お父さんと一緒に住んでいるの?」


 母親が小学校低学年の頃に入院してしまったなら、その後はどうやって暮してきたのかずっと気になっていた。そして、さっきの『あの遺体は私なんだ』と言った言葉の真意も……。


「ううん。でも、今は家族が居るの。だから、あんな私立高校にも入れたんだし」


 美沙は微笑んでいるのだろうか。声が嬉しそうだった。


 私はそれ以上しつこく聞かなかった。言いたくなったら美沙の方から、またいつか話してくれるだろう。


 雪町の改札に着いて、私が「少し時間ある?」聞くと美沙は「少しなら」と頷いた。


 私は改札の前で美沙を待たせて、お花屋さんでピンクの花を基調にした花束を作ってもらった。この前、美沙が妹にと言って作った白い花束に似たような花を使って、似たような形にしてもらった。


「この前気が付けばよかったんだけど。双子の妹の誕生日ってことは、美沙の誕生日でもあったんだよね?」


 そう言って美沙に渡すと、大きな目を見開いて驚いていたようだった。そして、その大きな目から涙がこぼれ落ちた。


 涙の理由がよく分からず「どうしたの?」と聞いたけど、美沙は首を振って花束を抱きしめるようにして人目も気にせずに泣いていた。


「この前の花束は、死んだ私への花束だったの」


 また美沙は不可解な事を口にした。私の顔を見た美沙は、涙を流しながらもクスクスと笑った。私の表情が可笑しかったのだろうか。


「これは、生きている私への花束だね。どうもありがとう」


 そして、美沙は涙を拭いて改札の中へ入って行った。


 あの亡くなった女の子は、異世界の美沙とでも言いたいのだろうか……? そんなSFみたいな世界があるわけが無い。


 美沙は何を言いたかったのだろう……。

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