第4話
小学生の頃は友達の顔が分からなくて本当に困った。だから高学年になった頃、親が担任の先生に相談して、クラスメートに私の事情を話してみんなに理解してもらったことがあった。
当時の担任はみんなに人気のお兄さん的な先生だった。
「みんな、この前の帰りの会で、葉月の人間違いが多いってことが話題になったよな。実はな、香山は生まれつき人の顔を覚えることが難しいんだ。人の顔を見分けられない」
先生が話すと教室内が静まり返って、みんながチラチラと私の顔を見ていた。
「想像してみてほしい。自分が人の顔がわからなかったらどんな気持ちか。誰かと仲良くなっても顔が覚えられないから、次に会ってもわからないんだ」
「ええっ。そうなの? だったら、友達なんてできないじゃん!」
「だけど、あたし、何度も葉月ちゃんと遊んでるよ」
「あたしも! でも、覚えていたと思うよ。前に遊んだこと」
「そういえば、葉月ちゃんに名前呼ばれたことない! 覚えてないの?」
みんなが思い思いのことを言う。
前に遊んだことを覚えているのは、記憶はあるから当然と言えばそうなのだ。ただ、「前に話したあの子だ」と繋がったということだ。
だけど、そんなうまく繋がらないことも多かった。
その時の私にはそんな説明が上手く出来るわけではなかった。
「いいか、一番辛いのは香山なんだってことを忘れるな。みんなの顔を覚えられなくて辛い想いをしているんだ。だから、それをからかったり怒ったりするのはやめよう」
先生の前で、みんなが「はーい」と一致団結したから私は安心していたのかもしれない。
だけど、そんな単純なことではなかった。
「葉月ちゃん、なんでリコとチィちゃんを間違えたの?」
表情は分からなくても、その口調でかなり怒っているんだということはわかる。
「あっ、リコちゃんだったのね。だって、たぶん背の高さが同じくらいでしょ? サラサラな茶色っぽい髪も似ていて、高い声も似ているの」
誰かと間違えられるのが嫌なんだろうとは思ったけど、それでも仕方がないことだと思ってもらえるように、私なりに説明した。
だけど、リコちゃんは余計に怒ってしまった。
「身長が同じくらいなだけじゃない! リコの髪は特別にキレイだし、声だって全然違うんだから!」
髪も声も似ているよ……。
顔の区別はついても、リコちゃんにはそれはわからないの?
私は不思議に思った。もしかしたら、リコちゃんは私と似ているなにか病気のようなものを持っているのかな?
「大体ね! リコはチィちゃんみたいに太ってないもん!」
リコちゃんが大きな声で怒鳴ると、今度はチィちゃんがワッと泣き出した。
「ひどい……」
それは、リコちゃんは太っているチィちゃんと似ていると言われて怒っていたのだ。
だけど、私にはどうして怒るのかわからなかった。
太っているとか痩せているとか、という体型の違いは分かるのだけど。
太っているのが嫌だとか、太っていると言われると傷つくとか。
そういう感覚が全く分からないのだ。
「葉月ちゃんが間違えるから、言われなくていいこと言われて、すごく嫌な思いした……」
チィちゃんに言われてショックで悲しくなった。
「ねえねえ、葉月ちゃん見て!」
呼ばれてふり向くと、女の子が三人並んでいる。
だけど、三人ともそろって肩より短い内巻きボブという髪型をしている。それぞれ薄紫色に水色、淡いピンクの似たようなパーカーに全員が同じような黒のミニスカートという服装だった。
まるで三つ子のような三人だった。
「あたしたち、アカネとユウリとナナだよ」
「誰が誰か当ててみて!」
これもショックだった。
からかわれているとしか思えない。
「……なんで、そんなことしなきゃいけないの?」
「あのね、親切でやっているんだよ」
「だって、葉月ちゃん、顔を覚えるの苦手なんでしょ? 似ている格好していた方が全然違うってわかりやすくない?」
「そうそう。葉月ちゃんが覚えられるように特訓してあげるているの!」
親切だなんて口だけで、どこかゲーム感覚なんだろうと思って面白くなかった。
だから、真剣に当ててやろうと思って三人の女子の顔をよく見た。
よく見たからと言って『顔』はわからないのだけど。
でも、各パーツはわかる。
アカネちゃんの目は黒目が小さい三白眼で覚えやすかった。
ユウリちゃんは口の動きが左右対称じゃないから喋ればわかる。
そして残ったのがナナちゃんだ。
私は一人ずつ指差して名前を呼んだ。
「――――当たっているよ」
「変なの。病気じゃ無かったの?」
「嘘なんじゃない?」
三人はくすくすと笑って近くにいた友達にひそひそと話し出した。
みんな、先生にはからかったり怒ったりしないって言ったのに……。
私は本当に困っているのに、そんな気持ちを誰も分かろうとしてくれないんだ。
悲しくて泣きたくなった。
だけど、泣いたら嘘つきって認めたことになる。
私は学校では絶対に泣かないと心に決めた。
だけど、それから私は学校へ行くのをやめた。
いわゆる登校拒否をするようになったのだ。
母は自分が担任の先生に相談したせいだと思ったらしい。
両親も私を無理に学校へ行かせることはしなかった。
ただ、私の小学校卒業とともに引っ越して違う地域の違う中学校へ行こうと言われた。
「中学では顔が分からないとか、そんな話はする必要ないのよ」
「一度リセットして、ゼロから始めたらいい」
母も父も新しい地域でやり直して友達を作ることを期待しているのだとわかっていた。
だけど、私はもうウンザリだった。
どうせ覚えられないものなんだから友達はいらない。そう決めて中学3年間過ごしたら気持ちが楽だった。
そのお陰で勉強に集中して、県内でもトップクラスの高校に次席という優秀な成績で入学する事が出来たのだ。
それくらいしか、出来ることが無かったとも言えるのだけど……。
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