悠久の愛

@神振千早

第一章 陰に潜む

1話 「外」

 初めてみた「外」という場所は私の知る世界より遥かに広くて明るくて、そして騒々しかった。

 あの人は今も元気だろうか。

 私を逃がしたことがアイツ等に知られればただでは済まないはず。

 心配だ。すごく心配だ。でも多分それは当たり前の事だと思う。私が「忌み子」と知りながら普通に接してくれて、お世話をしてくれた唯一の人だから。

 あの人は私にとって特別だから。何なら今からでも会いに行きたい。

 けれど。

 たとえ、どれだけ会いに行きたくても私には追手が来ているはずだから会いに行くことはできない。そんなことをしたらあの人に迷惑がかかってしまう。

 ……アイツ等のことだからあの人を見つければ平気で殺してしまうだろう。アイツ等は絶対に裏切った人間を見逃したりしない。

 自分のせいであの人が死ぬなんて耐えられない。あそこに戻ればあの人に迷惑がかかることはないのかもしれないが、あの人の努力と危険を承知でやってくれたことを無駄にするのはあの人に対してとても失礼。

 それに私はあそこにはもう居たくない。

 それにしてもすごく不思議だった。

 私が覚えている限りだと看守がいなかったのは初めてだった。あの人に連れられて裏口の方から抜けたから全くわからなかったけど、そういえば心なしか上の方が騒がしかった気がする。

 もしかしたら何かあったのだろうか。願わくばアイツ等が困ることでもいくつかあればいいのだけれど。

 変色薬で髪と瞳の色は黒に変えたし、肌が白くて日光に弱いのも上着で隠せば見えないし、大丈夫。「忌み子」には見えないはずだ。

 服も別に豪華なものじゃないし、特段貧相なものでもないから目立たないはず。

 よっぽどのことじゃないとアイツ等にも見つかることはないだろうし、周りの人から「忌み子」だと思われることもない。

 私は、普通の人として生きていきたい。生まれ持った容姿だけで忌み嫌われないような、普通の人として。

 しかし、これからどうやって生きていけばいいのだろうか。「普通の人」として生きる、とはどういうことなのだろうか。

 ……あの人から外の世界のことは教えてもらってはいたけれど、自分が出てみて、外の世界で生きるということがどういうことなのかの実感はまだわかない。

 確かにわかっていることもある。

 まず必要なのはお金だ。あの人がくれた皮製の財布を見てみる。鉄銭が1キュロス(1キュロス≒10円)で銅貨が10キュロス、銀貨の100キュロスに帝国札が1000キュロス。星帝札は100000キュロスだったはずだ。それから考えると私の手持ちは8425キュロスとなる。

 帝都における一回の食事は銀貨一枚ぐらい。野宿をして一日二食なら40日は暮らしていける。宿は一泊500キュロスぐらいらしいから10日ほどか。

 あの人が言うには帝都は夜とても危険だから野宿をしてはいけないらしい。「特にエーテ様は」なんて言ってたっけ。でも、もう二度と会えないのか。そう思うと心が震える。

 気づくと私の頬には温かい水の跡が残っていた。いわゆる、天涯孤独という言葉が心に浮かぶ。

 これからはあの人がご飯を運んできてくれたりしない。住む場所も自分で探さなきゃいけない。私はこれからも少しは成長するだろうし、服だって自分で買わなきゃいけない。 

 今までは美味しくないとはいえ、食事があった。日の当たらない場所とはいえ、住む場所があった。アイツの使い古しとはいえ、服があった。

 でも、もうない。

 自分で、自分だけの力で生きていかなきゃいけない。

 あの人によれば、帝都には仕事を斡旋してくれているところがあるらしい。とりあえず、私は仕事を探すことにした。

 行くべき場所はインテリトス帝立西地区職業紹介所。そこには帝国商業協会が発表する求人情報がある。

 帝国商業協会は商店地区のすべての商店が参加を義務付けられている。あの人もあそこで求人を見つけて私の世話係になった、と聞いた。

 つまり、アイツ等も求人情報を出したということだ。アイツ等の商会はなんて名前なのだろうか。テキトーに選ぶわけにはいかない。わざわざアイツ等の腹の中に潜り込むような真似はしたくない。

 だから、あそこに就職するなんてもっての外だ。

 それにしても遠い。二時間ほど前にあそこから出てきて、あの人と別れたが、そこから4プロクル(1プロクル≒450メートル)歩いているけど、一向につく気配がしない。

 なぜ人はこんな距離を歩けるのだろう。しょうがない。これ以上普通に歩くと足を壊す。

 よし、魔術かけよう。そうしよう。身体強化、それ一つで感覚が鋭くなり自分と目的地までの距離が……って、もう通り過ぎてる。感覚的には路地が一つ分ずれてるといったところか。なるほど、道理でつかないわけだ。

 戻らなきゃ……って、足が軽い。本当に、軽い。こんなふうならさっさとかけておけばよかった。もう足が棒になりかけているのに。少し筋肉を増やしたほうがいいかもしれない。というか、運動が足りていない。

 歩いていると、大通りに出た。

 もう、なんというか、ひとがおおい。なんでこんなにひとがおおいんだろうか。ひまなんだろうか。ああ、どこかべつのばしょにいきたい……なんて人の多さに目眩がしていても、目的地は近づいてこない。

 幸いあと1プロクルもないぐらいだ。フードを目深に被り、歩きだす。いよいよ看板が見えてきた。

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