7話 処刑台と家族

「・・・・・・よび帝国札を偽造した大罪人を処刑する!処される者たちの名はスケンム・プロディーツオ、およびその妻マザ・プロディーツオ、その娘モメントゥム・プロディーツオ!」

「ん?」


 母と、妹の名が呼ばれた気がした。それに、刑を、執行?どういうこと?

 声がした方向は、多分処刑場の方だった。

 人が多い。

 背の高い男の人とぶつかった拍子にフードが外れる。私みたいな忌み子に日焼けは大敵らしい。すぐにフードをかぶり直す。皮膚に日光を通さない簡易結界を作っているけれど、それだけだと安心できない。

 近づくにつれてたくさんの人が処刑の瞬間を見ようと群がっていた。もうすぐ、処刑台の上にいる人が見える。人が多すぎて魔力感知がうまく働かない。

 上にいるのが誰かわからない。だけど、人違いだ。人違いに違いない。お母さんが、モメンタが死ぬはずがない。


「今日は何人だっけ?」

「えっと、死刑執行は七人だったはず」

「女のガキもいるはずだし、楽しみだな」

「ほんと、マジそれな!」

「やっぱ、子供が処刑されるのって良いよなー」

「マジで、わかる、マジで」

「そういや聞いたか?最近ガキがよく行方不明になってるらしいって」

「東地区だろ?女だったら遊びてーな」

「ガキも趣味かよ。守備範囲広いな」


 道行く軽薄そうな男二人の会話が耳に入る。

 本当に趣味が悪い。人が殺されるのを見て何が楽しいのだろう。しかも子供が死ぬのを喜ぶとか、大人としておかしい。本当に狂ってる。

 全くもって理解ができない。処刑を帝都の真ん中でやる帝国も、それを喜々として見に来る四地区の帝民も。何が面白いんだろう。気持ち悪い。

 ・・・・・・そんな考えは、次の瞬間吹き飛ぶ。


「母さん・・・・・・モメンタ・・・・・・」


 理解できなかった。

 目に映っている光景は私に理解されまいと抵抗しているようだった。

 ぼろ布を着せられている、モメンタと母。見た感じでは何カ所か大きな傷がある。

 既に布には赤いシミがいくつかある。二人の顔からは生気が失われて歩く死人のようだった。

 もう、訳がわからなかった。二人の前にいたアイツのことなんて頭からすっかり抜け落ちていた。

 口の中がカラカラに乾いていた。

 今日、処刑されるのは、西地区の受付の人が言っていた通りプロディーツオ商会の人だったはず。絶対に私の家じゃない。父の時、名前はコンフィード商会だった。

 だから名前が同じで顔が同じなだけの他人なんだ。そうじゃないと受け入れられない。

 ・・・・・・でも、と。私の頭に残された冷静な部分が告げる。

 それは8年前の記憶にすぎないのだ、と。

 アイツが商会の名前を変えないはずがない。商会名を変えるのに面倒な手続きは必要じゃない。

 だったら、変えないでいる理由がないじゃないか。まず、アイツは自分の欲望のために恩人である父を殺すような人間だ。父の名残なんてアイツにとっては煩わしいだけだろう。

 でも、それは、そんなことはとっくの昔から知っていただろう。だから、だからこそ、昨日は慎重に勤める先を探そうとしたんだ。万が一にもアイツらのところに戻らないように。せっかく抜け出したのに勤め先が牢獄なんて間抜けな話はない。

 命名というのは自分のものであるという象徴になる。

 プロディーツオ商会がアイツのものであって何の不思議もない。確かに今思い出せばアイツの名字はプロディーツオだった気がしてくる。

 アイツを含めた三人が、今日処刑されてもありえないと断じる理由はない。

 父の商会が世界を牛耳るほどの大紹介であっても不思議じゃない。

 私が四歳まで暮らしていた家はかなりの豪邸だった。家から出たことがなかったけど、その代わり家のことについてはかなり知っている。

 私は変色薬を二、三年ぐらい前までは使えなかった。

 色、というのも魔力に関わってくるもので、自分を自分と強く認識できる年になるまで変えるのは危険過ぎる行為だ。

 そして、その自分を強く認識できる年齢というのが女子で早い場合九歳。男子の場合十一歳ぐらいらしい。

 もしその年齢に満たない子供が使った場合、最悪、魔力が暴走するか、生命維持できないほど少なくなってその子供は死に至る。

 私は安全のために今までは使わなかった。

 だから、私は外に出ることができなかった。

 白髪の女子が町を歩いていたら間違いなく差別を受けるから。場合によっては、殺される。そんな例をいくつか本で読んだ。

 私は、昨日まで家の外に出たことがなかった。

 けれど、九年前毎日のように窓から見ていた庭園はものすごく大きくて、子供ながらによく整備されているなと思っていた。

 それに、縦横約9バルムの地下牢を作るなんて普通の商会は無理だろう。子供一人監禁するために看守二人と世話係一人の計三人も余分に人を雇うなんて簡単なわけがない。

 それに、そうじゃなかったら。

 もし、そうじゃなかったら、どうして私は逃げられたのか。

 どんな不正かは知らないけれど、きっと捜索ぐらいはされただろう。程度はともかく地下牢の上にある商会の中だと間違いなく混乱が起きていたはず。

 ・・・・・・それこそ、私のいた地下牢に看守を付けられないくらいには。

 ああ、ようやくわかった。だから私は逃げられたのか。もしかしたら告発にはあの人も関係しているのかもしれない。あり得ないほどスムーズに逃げられたのは、捜査がそのタイミングで始まるのを知っていたから。


「これより、刑を執行する!」

「あ・・・・・・」


 自分のものとわからないほどか弱い声が自分の喉から漏れる。

 処刑人が高らかに叫ぶ。

 三人は断頭台の元に連れて行かれた。

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