5話 忌み子であるということ

 部屋に帰り着いて歩き回る準備を始める。

 準備と言っても、着ていた服を整えて、侵入防止の結界を張っておくだけだけど。持ち出した物が少ないから自然とそんな感じになる。財布に入っているお金も、既にかなり少なめになっている。後払いで払えなくなるよりは良いだろうと諦めているけど。

 出来れば今日中に仕事を見つけたい。日雇いの仕事でもいいから食いつながないと。体力は嬉しいことにほとんど回復している。

 確かに体のあちこちが痛いけれど、それも魔力でごまかせば耐えられる……はず。

 私は魔力の扱いに関しては結構うまいと思う。ただ、それを動かす人体が弱くては力は最大限発揮されない。

 世間というか、そういう系統の専門書で読んだのだけれど、フォルゴーレもよくそう言われていたと思う。

 どれだけフォルゴーレが強くても、その使い手の魔力が弱ければなまくらに等しい、と。ただ厄介なのはフォルゴーレは場合によっては奪えることだ。

 つまり、ただのなまくらどころか己を殺しうる凶器になる、というわけだ。

 しかし、私の七年間の観察と実験から考えると、おかしいと言わざるを得ない。

 フォルゴーレは本来の持ち主自身、分身みたいな物だ。まず、強いフォルゴーレは強い魔力の持ち主の中に生まれる。持ち主の魔力が弱いのにフォルゴーレが強いと言うことはあり得ない。

 その上、フォルゴーレは持ち主に忠実だ。二人目以降の持ち主ならともかく、己の本体とも言える最初の持ち主に牙をむくことはない。だからフォルゴーレを力で支配するのは至難の業だ。

 前に一度、看守を無力化できないかと考えて、看守のフォルゴーレを支配しようとしてみたことはあるが、魔術の対象が遠かったのがどのくらい関係しているのかはわからないが一切成功する気配がしなかった。

 看守は弱そうだった。少なくとも魔力は驚くほど少なかった。

 私は、二人の看守のうちまず間違いなく二人とも一対一なら殺せたと思う。二対一なら場合にもよるが、それぐらい魔力に差はあった。

 どうしても人を殺すという方法に対する忌避感が拭えなかったから実行しなかったけど、私がその倫理観を持っていなかったら間違いなく彼らは死んでいた。当然アイツも。

 そう考えると、アイツはすごく滑稽だと思う。忌み子の由来も知らずに私を閉じ込めるだけで無力化したと思い込んでいたのだから。

 忌み子は、魔力が強すぎて母体と胎児が耐えられなくなるとき胎児に変異が起きた人間のことだ。当然ながらたまに胎児が魔力に適応できず死ぬこともある。ただそれは滅多にない。

 後、母体はたいていの場合死ぬ。うちというか、私の場合は母親が死ななかったという事実が今の状況を生んだのだけど。

 だから忌み子。

 生まれたときにかなりの確率で一家に死をもたらすのが最初の災い。

 当然魔力が強いから魔物にも狙われやすくなる。だから紫災の時に町が襲われる可能性がかなり高まるのが二つ目。

 あと見た目。今はこれが一番大きい。二つはかなり昔の本に書かれていて、もうほとんど忘れられているのだけど、これは今でも大きく残っている。

 なぜだか知らないけれど、忌み子は髪の毛みたいな全身の毛とか皮膚が白い。とにかく白い。色が薄い。何なら私の場合、帝城の壁よりも白い。

 ただ、私みたいに眼が赤い人はそんなにいないらしい。大抵は明るい青とか灰とかそういう色らしい。それもまた、不吉だと言われる。

 その上、この三つで差別された忌み子がブチ切れて人を襲うようになるのが四つ目。

 主な理由はこの四つだ。

 忌み子は強い。

 戦闘に一切慣れていない子供の時点で並の大人には勝てる。

 さすがに騎士とかそっち系のことを生業にして生きているような専門家たちは難しいけれど、普通の武器を持った一般の大人程度なら素手で戦える。場合によっては勝てる。

 それが忌み子だ。

 はっきり言って忌み子は強い。

 多分私も結構強い部類には入るのだろう。でも、油断をしたらどんなに強くてもすぐ足をすくわれる。

 そもそも私は人というくくりで見たら強者の立ち位置にいるはずってだけだから、実際に戦ったらどうなるかわからない。戦闘センスがなければ、魔力の量が下のやつにも負けるだろう。あまりにも差があればごり押しでいけるけど。

 それに強さの指標は魔物狩人協会の年間販売物に掲載されている魔力量測定用魔術を元に推測しているだけで確定的な根拠はほぼない。看守の魔力が弱すぎただけかもしれないし。

 忌み子は強くても私は例外で弱いかもしれない。

 実際の戦闘を体験すればそんな感覚も変わるかもしれないけど、人を殺すのだけはいやだ。魔物も怖いし戦いたくない。

 人として、やってはいけないことがある。

 あれ?そういえば、何でこんなこと考えてたんだっけって……、もう8時だ。さっさと行かないと。

 途中で止まっていた準備を手短に終え、魔力を過剰供給されて爆発しかけていた魔術をいったん解除して再度発動する。自動で施錠されるから鍵をかける必要はない。

 私は、もう出発できる。


「行ってきます」


 私は、知らなかった。まさかあんなことになっているなんて。

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