4話 朝食と食事事情
「うーん」
起きて突然気づく。夜ご飯食べてなかったじゃん、と。
もったいなさに打ちひしがれながら顔を洗い、着替えて、髪を後ろで一つに縛る。そろそろ切った方が良いかもしれない。もう腰のところまで伸びている。
ベッドをある程度整えて階下に降りていくと受付の女性が数人の大人と食堂の準備をしていた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。すみませんが、食事は6時からで」
「ありがとうございます。少し、見ていてもいいですか?」
「構いませんが……」
流石に5時よりも前に起きるのは早かったかもしれない。しかしこんな早くからもういい匂いがする。嗅いだことがない匂いだ。
昔は、あの人が作ったお弁当がたまに余るとそれをもらっていたが、あれを食べたせいで実感させられてしまった。
私に普段与えられた食事は不味い、と。
料理はあの人が一生懸命作ってくれていた。
だけど、材料が野菜は剥いたあとの皮だったり、基本古いもので新鮮じゃなかった。肉は骨の周りだったりと、とにかく余り物というか、普通の家庭なら生ゴミとして捨てられるようなものばかりだった。
その上、味付けは塩を月に10マス(1マス≒4.5g)しか使えなかったり、とにかくマシな食材や調味料がほとんどなかった。
・・・・・・だから、アイツが寄こしてきた残飯の方がよっぽどマシだった。どうせ私に屈辱でも与えようと考えたのだろう。真相はもうわからないけど。
あの人には本当に申し訳ないけれど、あれは食えたものじゃなかった。作ってくれたあの人に失礼だと思う。だけど、あれは人が食べるものじゃない。魔物ですらもっといいものを食べていると思えるほどで、もう二度と食べたくない。
確かに口に入れられる物があっただけマシという考え方もあるにはある。
が。しかし、やはり食べ物は美味しく食べられてこそ、食べ物たりうると思うのだ。
すなわち、あれは断じて、食べ物ではない。私は絶対に認めない。異論は食べ物がなくて困っている人からしか受け付けない。
「ん、良い匂い」
それはそうとして、この匂いは何だろう。何というのか、香ばしい、というのだろうか、とにかくいい匂いがする。
朝食は何だったのか。献立表を見て確かめる。
今日はアウロラ鳥の照り焼き?というものらしい。アウロラ鳥は……確か朝一番に魔力の歌を奏でるやつだったはずだ。
……あれって、食べられたんだ。
さあ、一体どんな味がするのだろう。お金を払って貰って提供するぐらいだからおいしくないって事はないと思う。彼もいい宿と言っていたぐらいだし。
「楽しみ」
もっと昔はおいしいのも食べていた気がするけれど、確実にもう何年も食べていない。アイツがあんなことをしなければ、私はこんな目には遭わずにすんだのに。
でも全部アイツのせいな訳じゃない。つけいる隙を与えてしまったのは私の失敗だった。絶対に知られてはいけなかったのに。
それでも、だからといって許せるわけじゃない。私の八年を、アイツの自尊心と欲望のために踏みにじられるなんて認められるわけがない。
アイツのせいでお母さんも変わってしまった。お母さんも今じゃ私を自分の子どもと思っていない。モメンタのことは変わらず愛しているけど、モメンタだって私のことを姉と思っていないだろう。だいたいモメンタが生まれたのは九年前で、そもそも姉の存在なんて覚えていないはずだし。
もしかしたらお母さんは父に何か不満でもあったのかもしれない。父の死にはお母さんも関わっていたはずだし。お母さんもモメンタもあまり生活は変わっていない。そうあの人は言っていた。
私たちは変わってしまった。
みんな、私たちはもうあの頃の私たちには戻れない。
未練があるのは多分私だけだけど、それでも諦められない。家族が、父を除いて全員揃ってほしいと思う。でも、その望みはもう絶たれた。完全に道は、途絶えてしまった。
私は二人から逃げた。もう二度と会うことはない。
私たちの道は、もう、二度と交わらない。
「少し早いですがお食事の準備が出来ました。いかがなさいますか?」
「じゃあ、いただいてもよろしいですか?量は、んーと、少なめで」
「はい、今から用意いたしますね」
骨がメインじゃなくて、肉がメイン。そんな肉を初めて見た気がする。
タレが皮の上にたくさんかかっていて、見るからにおいしそうだ。その横には薄く切られた食パンが四枚と、野菜のサラダがある。耳じゃないパン、くずじゃない野菜。なんてすごい食材なんだろう。
匂いも食欲を誘ってくる。思わず、つばを飲み込む。
箸を手に取り、食事へ手を伸ばした。
「おいしい」
箸を使ってサラダを食べる。シャキッとしている。おいしい。新鮮な野菜はすごくおいしいんだと初めて知った。
「幸せ」
食パンも照り焼きという物も、全部がおいしい。
ただ味付けが塩だけだった私にとって、少し味が濃いと思った。でもそれもまたおいしくて、いつもよりほんの少しだけ、多くご飯を食べられた。
「ごちそうさま」
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