21話 「私」を捨てる

 殺した。

 二度目の殺人は不思議と後悔が湧いて来なかった。

 きっと感じないように、見ないようにしているんだと思う。そうじゃないと、自分が致命傷を与えた人間と楽しくおしゃべりできないと思う。

 心に蓋をして、理性できつく、きつく縛って、そうやって見ないふりをして目をそらしてしまえば。私は後はもう、何も感じなくて良い。罪悪感に苛まれなくて良い。良心の呵責なんて化け物には似合わない。

 心はそうやって最適化されていく。自責の念に囚らわれすぎないように。そうすれば何だって出来る。人殺しだって。自分が嘗て忌み嫌っていたその行為を、何も感じないでできる。


「良かった。ふふ、あははははは・・・・・・」


 乾いて、乾いて、乾ききってしまった笑い声が漏れる。

 良かった、か。全くそんなことを思えないくせによく言うよ。心に蓋をしてしまえば感情は存在しない。良かったなんて言葉が出るはずがない。

 うれしいも、かなしいも、たのしいも、くやしいも、いとしいも、さびしいも、こいしいも、なつかしいも、言葉としては知っている。それを感じた事が私にもあったことを覚えているけれど、全部色を失った。

 冷え切った心はどうしようもないほど助けを求めていた。そんなことに気付かない私は一人死体の前で笑っていた。


「なーんにも、感じないや。はは」


 回復していく魔力を全て治癒に使う。集中してやっていると、いつもと比べると驚くような早さで傷が塞がっていく。ちぎれた筋肉は繋がり、再び穴があいていた血管は完全に元に戻った。流石に折れた骨は時間がかかった。けれど、異常な早さであることに違いは無い。

 骨折などの治癒は普通、一日かかる。怪我をした箇所が多かったから、場合によっては二日かかるかもしれない。そんな傷なのに、僅か数分で終わった。

 確かに、本を読んで得た知識と、実際に動いて得た知識は違う。どんな本にも、大量の魔力を使えば治癒が早くできるとは書いていなかった。

 魔力の量的に普通の人には無理なのかもしれないけれど。

 まだ他の西地区の住民には会っていない。彼らは言われているほど野蛮な獣じゃないかもしれない。逆に、想像を絶するような化け物なのかもしれない。

 前者ならここでも暮らせなくなるだろう。私はきっと化け物だから。後者なら、狂気が足りないかもしれない。もっと狂気に染まらないといけないかもしれない。

 正気のままどこまで戦えるか分からない。今の私が既に正気じゃないかもしれないし。どちらにせよ、まともじゃ居られない。

 地下牢でのほほんと育った私では生きられない。

 なら、覚悟を決めよう。私が「私」だったことを捨てよう。


「今日、私は死んだ」


 口に出してみると意外としっくりくる。

 東の空が赤く染まり出す。夜が明けかかっている。まぶしくて、目をそらす。

 「僕」は、ここで生きていく。

 弱みを見せない。女は筋力が男に比べて弱いから獲物として狙われやすい。その上、性的なおもちゃとして狙われることもある。それなら、まだ男と思われた方が襲われにくい。

 男っぽく見せるにはどうしたら良いのだろう。

 まず、長い髪はいらない、と思う。この数日帝都を歩いてみたけど、長髪の男性をそこまで見たことがない。

 髪を首元で切りそろえる。

 ただ長いだけの白髪など、戦闘においては邪魔以外の何物でも無い。魔力の通りが悪いから拭きとしても不良品だ。

 そもそも、その髪にどれだけつやがあって美しくても誰にも見せることはない。人としての幸せはもう望めない。だって人じゃないから。

 この、昔人だった生き物が獣として生きていく、地獄で。奪い、殺し、奪われ、時に死にかけるこの場所。人間らしさを捨て去った怪物にはお似合いだ。

 私の胸は全然膨らんでいない。母さんの胸元を見るにこれから膨らむこともなさそうだから、大丈夫。

 他のところも肉付きが悪いからごまかせる。

 男のふりをして生きていく。

 覚悟を彩るかのように、長い夜が明けて、光が刺す。肌が荒れようが、火傷しようがもうどうでも良い。そんなことに使っている魔力は無い。戦闘の影響で崩れている廃屋の陰に身を隠す。完全な侵入防止結界を張り、倒れ込む。

 長い長い一日だった。それも昨日の話だけど。

 家族が死に、恩人を見殺しにした。そのあと自分を守るためとはいえ人を殺して、西地区を出て忌み子だると人に知られ殺されかける。かろうじて西地区に逃げ込んだら、自分が殺した人間の部下と死闘を繰り広げる。しかもそれが恩人の兄だとわかる。

 なんて濃厚なんだろう。

 でも、きっと今日には続かない。

 「僕」は隊長格の人間を殺した。アイツが死の間際に言っていたとおりなら、復讐は不可能と考えて続かないだろう。そこまで割り切れるかは別として。

 かつて無いほどの眠気に誘われ、あくびをする。目尻にたまった涙は静かに頬を流れていった。涙が出たのはあくびだけが理由じゃないかもしれない。そう思いながら寝る準備をする。

 上着でしっかりと体を包み、肌を隠す。闇市に今度さらしを買いに行こう。あとは、動きやすい服。戦っても敗れないのが良い。

 鎧なんて着ても重いだけだから意味は無い。騎士達は鎧を着るけれど、あれはフォルゴーレがオランディのまま魔力源として使われているから別枠だ。

 服に使われる布でも魔力を大量に注げば普通の鉄よりも固くなる。すぐに限界が来て破けるけれど。


「思ってたほど良い場所じゃなかったな、外って」


 独りごちると意識は深みへと沈んだいった。

 安眠にはほど遠い、地獄へと進んでいった。

 それにどこかほっとしている気がした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇

一章はこれで終わりです。

二章は構想自体はあるので少しでまた書き始められると思います。

間章を追加してそこに軽い設定を載せるつもりです。

では、またお目にかかれる日まで。

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