20話 死にゆく男に
息を整える。戦いは終わった。
まだ男は死んでいないけれど、直に死ぬだろう。男の顔を見下ろす。なぜか彼は笑っていた。
「なんで笑ってるの?復讐はできなかったし、これから死ぬんだよ?」
「だからこそ、だ。どうやら殺ししか能がないと言われた化け物も、心臓に剣が刺されば死ぬ、ただの人間だったってことだからな」
「死なない人間なんていないでしょ」
「それもわからないような人間だったからな」
「そっか」
強くなればなるほど孤独になる。そういうものなのだろう、人とは。 一緒にいてくれる人はもう二度と現れないであろう私は関係ないけれど。
思えば、この男は忌み子と言うことについて頑丈という点でしか見ていなかった気がする。ネーフェは髪や眼の色、白い肌が神秘的とか言っていたけれど、似ているのかも知れない。男の場合はよくわからないけれど。
そういえば名前なんだっけ。言っていた気はするのだけど。
「名前なんだっけ?」
「カネム、と言ったはずだが。あっているだろう、エテルナス?」
「別に、呼ばないで良い」
自分は覚えていなかったのに、相手が覚えているとなんかむかつく。
私とカネムはさっきまで・・・・・・いや、さっき殺し合いをしていたのが嘘のように話している。私がメルカートルを殺さなければ知り合いになっていた可能性もあるのだろうか。そのときは共にネーフェの死を悼めたかもしれない。
「ねえ、ネーフェってどんな子供だったの?」
「七歳の頃までしか知らないけどな。何か、うーん・・・・・・そうだ、歌が上手だったな」
「知ってるよ、そんなこと。八歳ぐらいまではたまにネーフェに子守歌歌って貰ってたし」
「そうか・・・・・・。なら、これならどうだ?ベナはよくおねしょをしていたぞ」
「・・・・・・それ以上言ったらかわいそうだからなしで」
「他には・・・・・・泣き虫だった!」
「子供って大抵そうじゃないの?」
「六歳ぐらいまで何かあると直ぐ泣いていたんだ。大体は糞親父が切れたときだったけどな」
「わお」
理由は壮絶。そりゃ子供は泣くでしょ。
一部彼女の尊厳を傷つける言葉が聞こえた気がしなくも無いけれど、気のせいだと思うことにする。死んでいてもしてはならない事への線引きはしっかりしなければいけない。
だから忘れた。聞いてないし、そんな会話は存在しなかった。そう思うことにしてあげる。幻想郷で感謝していて欲しいと願う。彼女は極悪人じゃ無いはずだから死後は幻想郷に行くだろう。私はどうか知らないけれど。
苦しい思いをして亡くなって人が、死後幻想郷で幸せに生きていれば良いのに、と思う。ルークス教の教えの中で唯一信じたいと思えるものだった。
「聞きたいことが、ある」
「何?物によっては答えても良いけれど」
「ベナは、幸せだったか?」
「私には分からないよ、彼女が幸せだったかなんて」
私には分からない。彼女が何を考えて告発したのかも、知っていたのに逃げずに死ぬ道を選んだのかも。いつから告発について考えていたのか、そもそもなんでそうしたのか。
彼女の心はわからないことだらけで、表面の薄いところは理解しようと努めていて。でももうわからない。死者の魂の国でなら話せるかもしれない。話して奥深くに触れられるかもしれない。
でも、きっとそれは想像上の存在で実際は存在しないだろう。
「私には、わからない。相談して欲しかったのに」
「そうか」
「勝手に、死んじゃって・・・・・・死ぬ必要はなかったのに・・・・・・」
「大切に、思ってくれていたんだな」
「当然だよ。ネーフェは父さん以外で初めて普通に接してくれたから」
「だろうな、優しい子だったから。人の苦しさを自分のものとして悲しめる子だったから」
「うん」
気づけば男の魔力は大分減ってきている。おそらく、ここまできたら死後体内に残る魔力しか残っていないだろう。死体を器として魔力はある程度まで残る。だから、生前の魔力が多いほど死後放出される魔力は多い。
「いよいよ、この世界から消えるのか・・・・・・。母たちが待ってるから、急がないとな」
「そういうのは望んでいないと思うけど」
「だとしても、だ。そういえば、なんでベナは処刑されたんだ?」
「ああ、プロディーツオ商会の使用人長をしていたんだけどね」
「は?ベナが?」
「続けるよ。商会は偽札を作っていたんだって。ネーフェは関与を疑われて。実際のところは知らないけど、否定しなかったから責任を取る形で首を切られたんだ」
「そうか。プロディーツオ商会にいたのか・・・・・・」
「近かったの?」
「隣の隣だ。そうか、もしかしたらすれ違っていたこともあったかもしれないのか・・・・・・」
「いや、多分ないよ。ネーフェはそんなに外に出なかったから」
その理由もよくわからない。一緒にいてくれて心強かったけれど、彼女の時間はほとんどとれなかったと思う。
「・・・・・・お前の財布にお守りが付いているだろう?」
「どうしたの?」
「それは、私が作ったものなんだぞ?」
「へえ」
「ベナは大事にしてくれてたからな。それをあげるほど、お前のことを大事に思っていたんだろう」
「自分の下に置いておきたくなかっただけかもしれないよ?」
「それはショックだが・・・・・・でも、それなら彼女は捨てるよ」
「かもね」
カネムは輝く石をこちらに突きつける。
「これを」
「これって」
「フォルゴーレは死体の中にあっても仕方ない。それに、こういうのが私たちみたいな荒くれ者には流行っているんだ」
「私って自分のこと言うの、荒くれ者には似合わない気がする」
「言ってくれるな。主から言われたのだ。こっちの方が良いと」
「そっか」
「あいつらには私が死んだ場合諦めろと言ってある。おそらく私の部下が復讐に来ることはもうないだろう」
「ありがとう」
彼は静かに私のそばで息を引き取った。
私は少しの間目を瞑っていた。
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