14話 暗闇を抜けて

 フードを着て体を隠す。下に着る服はボロボロで、もう着るのは諦めた。

 他の服についていた血は揉み合ったときのものだろう。上着は一番最初に脱がされていたのか、遠くに落ちていた。

 服の中に入っていた自分の財布を回収する。中身は減っていない。

 死体あさりをするつもりはない。私はあくまで自衛のために殺した。そう思わなければ、どうしようもなかった。謝っても、答えは返ってこないのだから。

 それと、宿の鍵を手に取って立ち上がる。

 眼が少し痛かった。どこかにぶつけた訳じゃない。何か痛くなるようなことをした記憶もない。何か異常があるのだろうか。私はこの痛みを知っている気がする。これは確か、あのときのことか・・・・・・。

 少しずつ、南地区の方に向けて歩き出す。脇を見ると、道の端に捨てられていたゴミが減りだす。それに対応するかのように、光量は増え出した。

 そして、東地区から出る決定的な一歩を踏み出す。


「まぶしっ」


 光を手で遮る。

 多分、月蝶亭を出てから一日もたっていない。まだ沈むには早そうな太陽が、空を夕暮れ色に染め上げる。まぶしかった。戻りたかった。あの暗闇の中が私にはお似合いだから。

 私みたいに、日向に暮らせない人間にはまぶしすぎた。

 住み込みじゃない貴族仕えの人たちが談笑しながら帰って行っていた。四人の女性のネーフェの服に少し似ていて、それでも決定的な雰囲気の違いがあった。

 彼女には、帰る場所がある。それが家族となのか、一人暮らしなのか、恋人と同棲中なのかまではわからない。そんなことがわかるような特別な能力を私は持っているわけじゃない。

 それでも、彼女たちは間違いなく楽しそうに笑っていた。


「うらやましい、のかな」


 四人を、少し羨んでいる私がいる。

 今の私を見て、ネーフェは自分の選択が正しかったと思ってくれるかな?人を殺して、真っ当に生きることを諦めた。そんな結果になったけど、後悔するのかな?

 私は、後悔せずに生きていける自信がない。

 死ぬ瞬間にネーフェを恨むかもしれない。それが一番怖い。自分は大切な人を見殺しにできる人間だってのは痛いほどわかっている。自分が追い詰められたときに、人をこの手で刺し殺す人間だってのも深く知っている。

 そんな私だから、自分のために様々なことをしてくれたネーフェの努力を、自分の現状が気に入らないからと恨む可能性がある。

 確かに、今は恨んでなんかいない。でも、それはそんなことを考えている余裕なんてなかったからだ。

 でも、東で暮しているうちにそんな気持ちが芽生えたら?私にそんな考えが出てこないと保証できるほどの信頼が私にはない。


「ひとまず行かなきゃ」


 夕方の町は静かだった。

 フードをきつく体に巻き付け、肌を隠す。西地区に一度戻って、宿屋を引き払わないと。当然、侵入防止の結界も解除しなければならない。

 やるべきことは多いし、やりたいことだってそうだ。例えば、服は買いたい。日向で暮らせないような後ろ暗い人間だったとしても、最低限着ることができる服はほしい。今持っている額でもさすがに一着ぐらいは買えるだろう。

 憂鬱な足取りで南地区を進む。

 さすがにこの時間だから子供たちだけで外にいることはない。そもそも東地区に近いところで遊ぶ無謀な子供は少ないだろう。だけど、おそらく家族だと思われる大人と子供は何組か通りを歩いていた。服装を見るに、貴族とかそんな感じの身分の高い人ではない。

 親子連れの楽しそうな笑い声を聞いていると、すさまじい嫉妬が湧き上がる。けれども、その絆を断ち切ったのは自分だと思い出して、後悔が湧き上がる。


「・・・・・・」


 必死に感情を押し殺し、周りを感じないように走る。足が痛かった。さすがに魔術をかけていたとしても、一日に何時間も酷使していたら痛くなるようだ。

 身体強化は万能じゃない、か。新しい発見だ。これからはこんなことがないよう祈りたいけど、ないとは限らない。もしかしたら、あの男の家族がどうにかして私を見つけ、復讐に来るのかもしれない。

 他にも、私の存在を知ったところで帝国は何もしてこないとは思う。あれほどの強大な軍事国家である帝国が、特別な力を何も持たない小娘一人のために何かするはずがない。だけど、万が一ってことはある。

 見えてきた蝶の看板の店の扉を開ける。

 受付の女性が掃除をしていたが、目を合わせずに二階に行く。鍵穴に突っ込み、扉が開ききるのを待たずに部屋に入る。元から持っている荷物が少なかったのもあって、部屋は昨日入ってきたときと同じようにきれいだった。

 周りを見渡し、自分の荷物がないことを確認し、やるべきことを始める。


「結界、解除」


 結界を解除する。一度設置した魔術を解除しても実際に術者に影響があるわけではないが、なんとなくすっきりした。


「店主に申し訳ないし、ここにはいられないな」


 迷惑をかけられない。

 存在自体が迷惑になる私は、これ以上いてはいけない。知られる前に去らないと。このことは隠し通さなければいけない。

 自分のこれからすべきことについてもう一度考える。こういうことは何度考えても悪いということにはならない。

 少し頭も痛くなってきた。頭の中というより、表面部というのだろうか?髪の生えているあたりが妙に痛い。でも、この感覚もしっかり覚えている。


「出なきゃ」


 一階に降りて、受付のお姉さんに話しかける。

 ここを出るなら、鍵は返さないといけない。私が持っていてもどうにもならないし、ここに来た意味がなくなる。だったら、返さないという選択はない。多分、もう二度と関わることはないだろうし。


「鍵、返します。用があってもう泊まれそうにないので」

「え、あ、はい。またのご利用をっ」


 一瞬、お姉さんの声が途切れる。フードの下をのぞき込んだように見えたが何かあったのだろうか。


「・・・・・・失礼しました。またのご利用をお待ちしております」

「うん、ありがとう」


 そう言って、去る。

 私は、南地区に入る直前にその意味を理解した。

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