13話 懺悔
気付いたら男は霧散していた。
ああ、ようやくわかった。
そうだ。私は自分が人殺しだと言う事実が怖かったんだ。それを認めるふりをして、最初に襲ってきたのはこの男だから因果応報だと目を背けていた。例え、どんな理由があろうと私が殺したのに変わりは無いのに。
ごめんなさい。
その言葉は本当の意味で男に向けられたものでは無かった。私が懺悔していたのは、他でもない私自身に対してだったのだ。人殺しという汚名を着せられたくない自分に。
最低だ。
最悪だ。
気分が沈む。
周りを見渡すと大抵の建物はぼろい。この雰囲気からしても、ここは東地区なのだろう。
そもそも、不注意だった。せめて、月蝶亭に戻るぐらいの冷静さは持っているべきだった。こんなところに居たら襲われるのは当たり前だ。もちろん襲った側が悪いのに違いは無いけど。
もう、日の当たるところで生活できるとは思えなかった。
人殺しの自分が普通の人に入り交じって暮らすことは出来ない。
結界を解除しようとする。結界は一度張ったら基本永久に続き、時間の経過による解除はない。魔術を行使したものよりもかなり高い魔力を持っていないと、無理矢理解除は出来ない。
魔力が不安定だった。ひとまず気持ちが最底辺で落ち着いたので、結界をよく見る。冷静ではなかったからか、かなり粗がある。もしあの男が実際に生きていたとしても、完全に防げたのかはわからない。
そもそも、この世に死霊なんて存在しない。死んだ先には何もない。昔の識者が何百人もの罪人を相手に生まれ変わりの実験をしたが、その後の魂というのは捕捉できなかったらしい。
結局、人体実験を批判されてその人は実験をやめざるをえなくなったが、実際はほとんど結果が出ていた。すなわち、不可能と。
その後、そういう実験はされていない。
いっそそんな実験をできるほどの狂気が私にあれば良いのに。人を自分の目的のために殺して、それで、「今回は実に失敗だった。次の実験台はどれかな?」と言えるような図太い精神を持っていたかった。
でも、私はできない。
今は、ようやくわかった。この血で汚れた手を何度洗ったとしても、私はふとした瞬間に今日浴びた血がべったりとついていることに気づくのだろう。
それがいやだったんだ。だから私は人殺しになりたくなかったんだ。人の命を奪って、それを見ないふりする自分になりたくなかったんだ。
それに気づいたら、少し気分が落ち着いた。平気な顔で人を殺して、それで英雄みたいな顔をしているやつは、私みたいな人間とは考え方が根本的に違うのだろう。
私がおかしいのだろうか?人を殺して平気に生きるのが正解なのか?
私がアイツを殺したという事実を無視すると、怒りが出てきた。
それはあの変態に対して。
アイツがいなければ私はこんな思いをせずにすんだ。そもそも娼婦を買えば良いのに、道ばたにいた女なんかに手を出すからああなるのだ。
そう思えば思うほど、自分が殺したという事実が重くのしかかってきて、負の連鎖が始まる。私は自分が犯した罪を忘れられる風にはできていなかったらしい。
「ああ、忘れてた」
よくよく思い出せば、私は月蝶亭に最低一度は戻らないといけない。あそこには結界を張ったのに、放置している。放っておくと、私以外の誰も入れない。あの部屋が一つ使えなくなるのでも、今の状況的には痛手だろう。
そして、自分の格好を思い出す。服はアイツに剥ぎ取られていて、今着ている下着も破けかけている。せめて肌を隠せるようにしないといけないが、上着も含めてあそこに置いてきてしまった。
あそこに取りに戻るということは、もう一度死体と対面しなければいけないということ。それでも、やるしかない。自分がしたことの責任ぐらいは取らなければならない。
最低限、会うぐらいはした方が良いだろう。
あまり覚えていなかったけれど感覚強化を使いどこにあるかを確かめる。遺体の近くに誰かが来ているのを感じ取り、慌てて駆け出す。死体を見られたら間違いなく厄介なことになる。
近くに落ちている服を回収されるのは良くないあれがないと、私は全裸で宿まで戻らなければならない。日光に当たるという面でも、目立つという面でも全く以って喜ばしくない。
できれば気づかず遠くに行ってほしいが、最悪の場合気絶させなければならないだろう。今の私の精神状態でまともに暴力を振るえるかもわからない。
人除けの結界を覚えておけば良かった。あれも、魔物狩人協会の年間販売物に載ってたのに、多分使わないからとイメージの仕方を一切覚えようとしていなかった。
侵入防止は、こういう場面では危険すぎる。最悪、無理に入ろうとされると死人が出るかもしれない。その点、人除けは入りたいとなぜか思えなくなるものだから、そう簡単に死傷者が出ることはない。
運の良いことに、近くに来ていた人影はそのまま別の方に向かっていった。ようやく、自分がなした結果と対面する。
「行かないと、ね」
逃げるという選択肢は私には残されていない。
逃げ場なんてない。私にできることは自分の道を少し疑いつつも、突き進むこと。
「っ」
息をのむ。死体だった。
まじまじと見たのは初めてだった。自分が奪った命のなれの果て。それを目に焼き付ける。私の最初の殺し。もう、二度としてはならない。これを最初で最後にする。
「ごめんなさい」
男の亡骸に謝り、自分の服を回収する。当然ながら返答は返ってこない。死は、そこで終わり。次なんてない。
唯一、上着だけに血がついていなかった。
理由は、なんとなくわかっていた。
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