18話 復讐の刃

 剣に手をかけ、男は構える。

 生きるために殺す。命のために命を奪う。

 その矛盾は至極真っ当なものに思えた。

 フォルゴーレをだし、両手で持つ。やっぱり、重い。実際にこれを振って戦うには筋力が足りない。素の身体能力が圧倒的に負けているのなら、どれだけ魔力をつぎ込んで身体能力を強化しても、高が知れてる。

 例えば、こちらが百という量の魔力を身体能力強化に使った状態でもあいつは魔力を二、三程度使うだけで軽々と私の力を超える。生まれ育ったときに獲得する身体能力の差はそう簡単には覆せない。圧倒的に不利。勝利条件が無駄に多すぎる。

 でも、正気に戻った私の手は戦うことを、殺すことを拒否していて。

 剣を握っているのかすらわからなくなる。絶対に間違っていると理性が告げる。殺すべきだと本能が告げる。それでも私にはそういう選択肢を選ぶ余地はなくて。

 剣が、走り出した。


「ヴィースか、面白い!」


 全くそうは思っていない顔で斬りかかってくる。

 上から来た剣にフォルゴーレを当てて、腹に鈍い痛みを感じる。吹き飛ばされる瞬間、私のお腹があった場所には男の足があった。

 蹴られたのか。そう思っていると、建物に背中からぶつかり、呼吸が止まる。受け身ってどうやって取るのだろう。全身が痺れている。


「っ」


 戻ってきた息とともに咳き込む。

 そんな大きすぎる隙を見逃すわけもなく、男の剣はまっすぐ利き手の方に向かってきて、かろうじて回復した左手でフォルゴーレを使い弾く。眼に追撃がきたけど、かろうじて避ける。髪が切られて、白い流れが宙を舞った。

 相手の判断が速い。

 技術の差はよくわからない。相手はそこまで理論に基づいた洗練された動きではない。普通の剣術を教えているところでは蹴り技を取り入れることはない。我流の面が強いだろう。

 では経験はどうかというと、勝てるはずがない。それが答えになる。相手はおそらく荒事になれている。拾って仕事をもらったと言っていたけれど、商会の仕事を奴隷に任せるなんてそんな危険すぎる真似をする経営者はいない。あいつ・・・・・・スケンムも言っていたし。

 奴隷の精神を魔術で縛れれば良かったのだが、そんなことをすれば意識の変容とともに魔力が失われ死んでしまう。超短期間ならそれでもいいが、そんなことをするよりも最初から信頼できる人間に任せた方が良い。

 どうせ、戦闘系だろう。戦い方が手慣れている気がする。不意打ちからも腹に蹴り、利き手を使えなくして、失敗したら眼を狙う。どこがなくなれば戦えなくなるかがわかっている気がする。

 嬲り殺されたくはない。死体を穢されたくはない。それが私の薄汚い、浅ましい欲望でも、譲りたくはない。

 避ける瞬間、撃った火球は、狙い澄ましたように男の額に進み、20ロンジほどで対魔結界に阻まれて消滅する。男は驚いたような顔をしているが、当たっていないし、状況の好転にはならない。


「弱いな。よく生きてこられたよ、この地獄で」

「そりゃどうも。先日まで地下牢からほとんど出たことがなかったんでね。地獄ってこんな戦いが毎日あるのかな?」


 男が追撃の手を緩めてくれたので、息継ぎをする。しかし、瞳は絶対にそらさず、男の全身を注視し続ける。


「道理で。早いうちに始末できて嬉しいよ。数年たったらすぐに殺されていただろうからな。あ、あと安心しろ。お前は明日をここで迎えることはない」

「まだ死んでないし、死ぬつもりはないんだけど」

「力の差は歴然だ。重ねて言うが安心しろ。あいつら・・・・・・私の部下が言っていたとおり、お前は数ヶ月は生きていられる。人として、かは知らんけどな」


 さっき言っていたとおり、玩具にされると。冗談じゃない。無理矢理初めてを奪わせてなるものか。そんなことになるぐらいならあの変態とやってた方がましになる。

 絶対に認められない。認めてはいけない。

 自分のやったことが褒められた行為じゃないのはわかっている。殺人だなんて人が犯してはいけない大罪だ。

 理由にするつもりじゃない。でも、それを奪われるのはイヤだ。


「負けるつもりはないけど」


 お前にも、世界にも。


「その体で何ができる?元が0ならどんなに大きい数をかけても0から増えはしないだろう」


 痛いところを突かれた。実際には、もうほとんど左足が動かない。右足もギリギリだ。魔力をどれだけ流し込んでも一切動かない状態から動く状態にはできない。そこまでの治癒は時間がかかりすぎる。

 さっき施していたのは血管を塞ぎ、表面を取り繕うようなものだった。

 傷を塞いでいるから見た目はきれいになっていて、治癒した傷口から血が新しく表面に出てくることはない。

 でも、中は別だ。筋肉は依然としてちぎれたままだし、失った血は戻らない。体内にあった血の約四分の一が流れ出たら死ぬ。せっかく塞がった血管の穴も無駄に負荷をかけていたらまた穴が開くだろう。

 多分、血はもう足りなくなりつつある。

 そんなことを気にする暇もなく、剣が襲ってくる。今度はご丁寧に逃げ場に魔術がある。動くために右足に魔力を使いすぎているせいで、対魔結界を張る余裕もない。

 一瞬の逡巡のもと、決断を下し、切風魔術の方に飛び込む。

 焦炎魔術は表面を一気に焼かれる可能性があった。そうなると、傷口を完全に塞ぐよりも余計に魔力を使う。

 魔術で顔を狙って・・・・・・ずれた火球は相手の顔の横をすり抜ける。当てるつもりだった。当てるはずだった。

 なのに外した。

 男は目を見張り、こちらを睨み付け、そして。口を開く。その言葉は容赦なく突き刺さった。


「ふざけてるのか?」

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