16話 奪われた者たち
真正面にたっていた、おそらくリーダーと思しき男が口を開く。
「メルカートル様を殺したのはお前だな」
「誰?メルカートルって」
「しらばっくれるな。残留魔力から貴様が殺したことはわかっている!」
周りを見渡しても、逃げ場は残されていない。物陰に隠れようと思ってここで止まったのは失敗だった。捨てられた棚だったものが邪魔で、右に逃げようにも逃げられない。そもそも、右にも男たちはいる。
まさに、追い詰められた一匹のネズミ。私には、逃げ場がない。
残留魔力、またの名を魔痕はごまかせない。当然、フォルゴーレは魔力の塊だから、顕現させれば魔痕が残る。空間に固定されるものだから、周りを別種の魔力で覆い隠すことはできても、消せはしない。
鉄剣の需要があるのはこのためだ。圧倒的にフォルゴーレの方が強靱なのは事実だけれど、人の皮膚はフォルゴーレほど硬くない。うまく刺されば殺せる。だから、暗殺に使われるらしい。手を下した人間の跡は少ない方がいい。
他にも、模擬戦だったら鉄剣の方が使い勝手が良い。いちいち掠っただけで地面に亀裂を作るような物騒なもので斬り合いをしていたら強いやつは強くなるけれど、たいていの場合死人を量産するだけだ。
魔痕が残っているならそうだ。おそらく、今の治癒魔術で確認したのだろう。
私が殺したのは間違いない。なら、メルカートルというのは私を襲った男で間違いないだろう。
「私は自衛のために戦っただけ。それで殺してしまったのは申し訳ないとは思うよ。でも、先に襲ってきたのは、アイツ。自業自得だよ」
心が軋む。
心にも無いことを言う。本当は、今すぐにでも謝りたい。許されることじゃない。殺すのはやり過ぎだったかもしれない。せいぜい、二度と女性に関われなくする、具体的には生殖器の切除ぐらいが妥当だったかもしれない。
でも、私は弱みを見せたらいけない。この帝都の闇が凝縮した小さな地獄では、陰に潜む悪意から身を守るために、自分が陰に潜むしかない。陰に潜んで、潜みきれない人間を狩るしかない。
それが、たとえ、自分がやりたいことでは無かったとしても。不本意であったとしても、人を殺さなければならない。
私は生きたい。たとえ、それが罪だとしても。
「下民が。メルカートル様が求めてくださったのだ。おとなしく従えば良かったのだ。それなのに、貴様はッ!・・・・・・万死に、値する」
「隊長、
「いや、殺るだけでは坊ちゃまが浮かばれません。幸い、アイツは忌み子ですので、すぐには死にません。変色薬を使い、見分けられないようにして鉱山奴隷どもの玩具にしましょう。顔だけは良いですし」
不快だった。
西地区や東地区の上流の大人たちは、東地区の人間を下民と蔑む。彼らの性格から考えたら、「民」とついているだけ良い方だろう。実際には、人として見てはいない。愛玩動物と変わらないだろう。
忌み子で相手に喜ばれたことは一切無かった。今初めて喜ばれたけど、全くうれしくない。利用可能という点でしか私を見ていない。見た目がいいと言われたのも全くうれしくない。
とにかく不快だった。
大切な主を奪ってしまって申し訳ないとは思う。
でも、それだけだ。おとなしく捕まってやる義理は無い。
「バン!」
大声で叫ぶ直前に目を瞑る。その瞬間、閃光魔術を発動させる。叫んだことに気を取られこちらを見てしまった男たちはもれなく閃光を直視した。多少の時間稼ぎにはなっただろう。
殺しちゃいけない。冷静であればきっと無力化できる。うまいこと立ち回って一対一を作る。そうすれば、きっと。
身体能力を魔術で強化し、男たちを飛び越えようとする。踏み切って、足に激痛が走り、躓くように前に倒れる。
「っつ」
忘れかけていたけれど、既に満身創痍だった。
侵入防止結界を張っても、ご飯を食べなければ死ぬ人のみでは意味が無い。あいつらは私が出てくるのを交代して監視していれば良い。
耐久合戦なら間違いなくもたない。
筋肉も完全に戻ったわけじゃない。圧倒的に不利だ。現実はいつだって私の敵になる。しかも、それに不殺という重石が加わる。
死ぬかもしれない。生きてここを切り抜けられる保証はない。不殺の誓いを破らざるを得ないときもきっとある。
でもやるしかない。
「貴様ッ」
まだ眼が元に戻っていないであろう男が叫ぶ。
あの変態男は部下には良い主だったのだろうか。私みたいな化け物に対して仇討ちを挑んでくるぐらいには慕っているらしい。
家から逃げたのが一日早かったら、あの男は死ななかったのかもしれない。そんな仮定に興味はないけど。
痛む足に鞭打って走り出す。もはや走りといえるほどの速さは出ない。
全員を魔術で麻痺させ、三人ほどに失神魔術をかけて無力化する。おそらく相手の魔力量にもよるけれど、三時間は起きないだろう。これ以上やるには立ち止まる必要があった。
あとは一、二、三、四・・・・・・十一人か。あの隊長と呼ばれていた男がいないような気もしないが。右手側の曲がり角に向かって走り出す。走っては曲がり、走っては曲がる。
夜が近づき光を失っていく世界は、逃げる側に見つかりにくいという利点を与えた。その上、小柄な体は身を隠すのに役立った。何の残骸なのかよくわからない木切れの山の陰に隠れて数分やり過ごし、また走り出す。
そうしてがむしゃらに走っていると、あの男の亡骸のあった場所にたどり着く。
遺体と私が着るのを諦めた服は既に消えていて、そこには血だまりと、それを悲しげに見る先ほど隊長と呼ばれていた男がいた。
「もう、逃げ場はない。観念しろ、白髪」
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