9話 私が失ったもの
体が震えている。
今にも崩れ落ちそうだった。
自分がなぜ立てているのかよくわからなかった。
アイツが死んだ。でも、今それは喜ばしいものではなかった。
確かに殺したいほど憎んではいた。でも自分の手で殺す勇気はなかったし、死ねば良いのにというだけの願望だった。人殺しは私にはきっとできないから。
今の私にとってアイツの死を受け入れると言うことは二人の家族の死を受け入れることだった。できるわけがない。この世界にたった二人しか残っていない家族の死を受け入れろと?できるわけがないじゃないか。
胸が痛かった。ただ鼓動が胸を打ち、何も聞こえなかった。周りがやけにぼやけて見えた。あと、動きが遅い。体も思うように動かせない。視界が色を失っていく。
延々と続く思考の繰り返しに陥っていた。
脂汗がにじんで、左目に垂れる。
「なんで」
何であの二人が死ななきゃいけないの?答えはきっと出てこない。
もう、失ったと思っていた。
でも違った。あんなのは失ったうちに入らない。生きていたから。まだ何かの奇跡があれば会えた。関係が修復すれば一緒に暮らせたかもしれない。
でも、もう二度と会えない。
死者蘇生は不可能だ。
魔術が使えれば何でもできるわけじゃない。魔術を極めたとしても世界の法則を変えるのには限界がある。死は死。生き返ることはない。死者蘇生、そうでなくても部位欠損の治癒は不可能だ。
壊したり、殺したり、そういうことは簡単にできる。使い手次第では結界とかを駆使して誰かを守ることだってできるだろう。
ただの切り傷ぐらいの小さいものだったら自然治癒能力の上昇で時間はかかるけど数時間で元に戻る。骨が折れたって一日で治る。
それでも、死者蘇生だけはできない。
「・・・・・・」
受刑者の遺体は帝国が引き取るらしい。
・・・・・・その後亡骸がどうなるかは皇帝と一部の人間のみが知っている。私たち帝国民は家族であったとしても遺体を見ることすらできない。
そもそも処刑は大抵の場合一族郎党まとめてやるから、私みたいに一人だけ生き残ることはほとんどない。今回に関しては多分、私の存在を帝国は知らないだろうし。
足下から何かが瓦解していく。震える手は汗を強く握っていた。
私は家族を喪った。
八年前に父はアイツによって毒殺された。たった今、母とモメンタは斬首された。ようやく全員失った。これが本当の天涯孤独の身というものだろうか。
自分でもよくわからない感情が渦を巻く。
もう、どうでも良かった。死にたい。
何で家族が死ななきゃいけないの?確かに仲がいい家族だったとは、とてもじゃないけど言えない。だってそうだろう。もう何年を家族として接する温かい団らんの場なんてなかったんだから。
それでも家族は家族だ。死んで喜ぶようなやつは頭がおかしいと思う。
帝国を滅ぼしても完全な復讐にはならない。
だって、そもそもの原因を作ったのはアイツだから。でも、アイツは死んでしまった。死んでほしいときには生きているのに、自分の手で殺そうと思ったときにはもう死んでいる。
ふざけんな。腹が立つ。
逆恨みで帝国を滅ぼしてやろうか。
まずは処刑人。実行犯は最初に殺さないと。
次は・・・・・・治安騎士団を全滅させようか。あいつらが捜査をしたんだし、当然だね。帝都の治安がどれだけ悪化しようが、どうでも良い。どうせ実行したら成功しようがしまいが私は死んでいるだろうし。
それと、審判貴族を。自分たちのルールで相手を縛るな。相手がどんな悪人でも殺して良いわけがない。今のルールに問題があるのは事実だけど、それに乗っかって己の考えで人を裁くな。
その後メインディッシュで皇帝とその家族ども、かな。責任をしっかりとってもらわないと。上に立つものとしての、ね。
人を殺すことへの忌避感から一時的に解放され、いろいろな方法が浮かぶ。首を絞めるのはどうだろう。それとも剣で突くか?頭を潰すのは良いかもしれない。生きたまま燃やすのも面白そうだ。
「首、かな」
でもやっぱり、斬首かな。断頭台が一番良い。
「うん、きっとそうだ」
だって、復讐だから。これは復讐だもん。
気づけば、視界は赤一色だった。血の色が一番近いだろうか。視界はもうぼやけてなくて、周りは普通に動いている。
帝国に対する憎悪が私を立たせていた。今、はっきりわかった。
私は、帝国を滅ぼせば良いんだ。それで最後に死のう。
ポケットに入っていた紹介状なんて頭の片隅にすら存在していない。明日の生活のことを気にとめられるほど余裕がなかった。ただ、ひたすら処刑人の顔を見ていた。
今、自分が一番殺そうと思っている人間の顔を。殺したい人間の顔を。
まともな判断ができるような状況じゃない。きっと客観的に見たらそう言われるだろう。そんなことはどうでもよかった。
帝国が憎かった。自己暗示がかなり効いていた。
もし、今私に帝都を滅ぼす力があったら間違いなく行使していただろう。帝都にいるであろう、あの人のことも忘れて。
・・・・・・それを吹き飛ばすような衝撃が飛び込んでくるまでは、ずっと。
「ではこれより、四名の処刑を実行する」
「え?」
あの人がいた。
告発があるのは知っていたんじゃないの?何でそこにいるの?
理解ができなかった。
あの人が縛られて処刑台に連れて行かれるなんて。まさかそんなことがあるなんて。何かの間違いだ。
告発を知らないはずがない。
信じられなかった。
冗談だと思った。
頬をつねった。
痛かった。
現実だった。
・・・・・・苦しいほどに。
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