第24話 傀儡の王は、懺悔する②

(SIDE:ルーカス)


「母の命と天秤にかけた……?」

「病で伏した母の延命と引換えに、命じられるがままやったことだ」


 以前ディランが訪れた際、似たようなことを話したはずだが……そういえば悪女達が中に入っている間は、聞こえていないのだったな、と思い出す。


「なぜ、それを私に?」

「一年後の公開処刑を知り、怯え戸惑うだけの無力な娘であれば、何も告げるつもりはなかったのだが――」


 これまで悪女達の影に隠れて怯えていただけのマーニャが、敵国の王を前にして、あれだけのことをしてみせた。


 悪女達の力を借りたにせよ、それはマーニャ自身が引き寄せたことだ。


「あの状況で、たいしたものだ」


 そう呟いた自身の声が、思いのほか柔らかく響いて、驚いた。


 すべての咎を身に背負い、断じられる時を待つだけの王。

 だが母が助かるのであればと演じた、死に向かい歩くだけの『つなぎの王』。


 この国のためにも必要なことなのだ。

 そう自分に言い聞かせ、生きることを諦めたはずなのに。


『生』を求め抗うマーニャの姿に、ガラにもなく心を揺さぶられた。


「……何か聞きたいことはあるか?」


 自分には見えないが、このやりとりもすべて悪女達は聞いているのだろうか。

 何とも言えない状況に、気持ち悪さは残るが仕方ない。


「私はルーカス様のことを、何も存じ上げません」


 マーニャの言葉に、ルーカスは静かに目を伏せた。


 どうせ、ともに死ぬだけだ。

 そう思い歩み寄る気もなかったので、まともに……人間らしい会話をしたのは今日が初めてかもしれない。


「……そしてルーカス様もまた、私のことを何もご存知ありません」


 聖女であったことは知っている。

 だが身分などの肩書きではなく、本質的な意味では確かに何も知らない。


「少しだけ自分語りをしてもよろしいですか?」


 構わないと告げると、マーニャはふわりと微笑んだ。


「実は私、王女とは名ばかりで、神殿に訪れた国王が気まぐれに手をつけた修道女の娘なのです」


 母は平民。妃になどなれる身分ではない。

 だが幸か不幸か、人の身に持て余すほどの神聖力を宿し生を受けてしまった。


「同じ王女である姉妹達が、煌煌きらきらしい宝石を身に付けて生を謳歌している間、私は一心に祈りを捧げて参りました」


 神聖国史上、最高の聖女と名高いマーニャ・レトラ。

 その評判は遠くルーカスの耳にまで届いていた。


 今は神聖力が無くなり、ただの役立たずになりましたが、とマーニャは続ける。


「神殿と王の権威を高めるため、高熱を出そうが倒れようが、おかまいなし。死ぬまで神に仕えることを義務付けられた人生です。そこに私の意思はありませんでした」


 聖女ゆえ、崇められ大事にされていたのかと思いきや……そこまで過酷だったとは思わず、ルーカスは眉をひそめた。


「ルーカス様の今のご状況と、もしかしたら似ていたかもしれません」


 ふふ、と力無く微笑む姿が今にも消えてしまいそうに儚くて、思わずその腕を掴みそうになる。


「戦争捕虜として連れ出された時、恐怖とともに、やっと神殿から解放されるのだと……祖国を案ずるより先に、そんなことを考えてしまいました」


 そこまで言って口をつぐみ……ルーカスが真剣な面持ちで続きを促すと、マーニャは少し迷う素振りを見せながら言葉を続ける。


「ですがルーカス様が、祖国を滅ぼした王であるということ。その事実は私にとって、とても重いものです」


 どんな理由があるにせよ、過去の過ちは決して消えない。


「私の処刑が中止になり、妻となったのは、神罰を恐れる声が収まらなかったからでは?」

「……その通りだ」

「畏怖し聖女を敬う民達に、あれは神罰ではないと納得させるのは骨が折れるでしょうね」


 レトラ神聖国の敬虔なる信徒達。

 その信仰を一身に集めてきたマーニャには、それが……芽生えた信仰心を否定することが、どれほど難しいかを知っている。


「これから私はどうなるのですか? 王宮に呼ばれるのでしょうか」

「いや、準備もあるため、しばらくはこの屋敷で過ごしてもらうことになるだろう」

「部屋の外に出ることは許されますか?」


 しばしの沈黙。


 最初に会った時は縮こまり、あんなに震えていたのに。

 怯える様子は見られず、ルーカスへと真っ直ぐに目を向けてくる。


「……屋敷の中であれば出歩けるよう手配しよう。護衛も付ける。だが一年後の公開処刑は覆せない」


 悪女達にも余計なことをするなと、よくよく伝えておく。


「他に聞きたことはあるか?」

「いえ、……ありがとうございます」

「明日から三日間、留守にする。……また機会があれば話をしよう」


 ルーカスは席を立ち、二人の寝室をつなぐ続き扉を閉めた。

 悪女達と……そしてマーニャと話をしていると、自分が意思のある一人の人間だったのだと思い知らされてしまう。


 母のことがなくても、ルーカスの立場ではいずれにせよ、ディランの提案を拒否することなど出来なかった。


 ――何とも密度の濃い一日だった。


 ただただ溜息が出るばかりの自分に辟易し、ルーカスはゆっくりと目を閉じた。



 ***



《急にどうしたのかしら?》

《さぁな。アイツなりに思うところがあったのだろう》


 ルーカスが姿を消すなり、二人の悪女が騒ぎ出す。


《命じられたとはいえ、ルーカス様が自らレトラ神聖国を滅ぼしたなんて》

《王などそんなもんだ》


 確かにルビィ様はそうでしょうけど、とアンジェリカが呆れている。


 今日の一件で心境の変化があったのだろうか。

 まともに話が出来るとは思ってもみなかったルーカスの態度が、柔らかくなったことに驚かされた。


《マーニャ、明日から邸内を自由に歩けるみたいだから、あちこち足を延ばしてみましょうよ》

「そうですね、外の空気に触れるだけでも元気になりますから」


 許可してもらえるとは思っていなかったが、行動範囲が広がったのはありがたい。


《……でもあの様子だと、死刑の撤回はなさそうね。生き残るためにはやっぱりディラン様を選ばないと》

《気に障る男だがな。……で、どうするマーニャ》


 見ないふり、知らないふり。

 検討すると見せかけた保留を続けても、状況が変わらないのはよく分かっただろ?


「このタイミングで、それを聞くのですね……」


 ルーカスに聞こえないよう声を潜め、絶妙のタイミングで問いかけるルビィに溜息を吐く。


 まったくこの悪女達は、こんな短い間しか共に過ごしていないにも拘わらず、マーニャのことをよく分かっているのだ。


 死か、復讐か。


 概要が明らかになり、どちらかを選ぶための材料は出揃ったのでは? と、目の前に再度突き付けられる。


《さぁ、もう結論は出ただろう?》

「……はい」


 確信に満ちた口調でルビィが問えば、アンジェリカが楽しそうに宙を舞う。

 口に出したら何かが変わってしまいそうで、言えなかったこと。


「選ぶのは、――復讐です」




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