第11話 すべての咎はルーカスに


 凱旋式の後、盛大に祝賀会を開き、労をねぎらってはどうか。

 王弟ディランの提案に嫌な予感がしたが、拒否することは出来なかった。


陛下・・、ここ数日王宮を留守にされていたようですが、どちらでお過ごしでしたか?」


 戦功をあげた貴族達のみならず、国中の主要貴族を招待した祝賀会。

 空々しい笑みを浮かべたディランの意図するところを察し、ディランは溜息を吐いた。


「……なぜそれをお前に伝える必要が?」

「いえ、落雷により断罪をまぬがれた亡国の聖女が、正規の手続きを経ず、独房から連れ出されたと報告がございまして」


 断頭台で極刑に処される直前、数多の光が神罰のように降り注いだことは人伝に広まり、もはや王国中の知るところである。


「そのまま護送用の馬車に押し込められ、どこかへ運ばれた、とのこと。すぐさま人を遣り、調べ上げ……いやはや驚きました!」


 わざとらしく張りあげた声に、会場中の貴族達が耳をそばだてる。


「とある郊外の屋敷にて、まるで秘すように囲われているというではありませんか」


 この場にいる過半数がディランを支持する有力貴族達。

 もったいぶってディランが頭を振ると、彼の支持者達が目配せをする。


「ディラン殿下、一体誰がそんなことを!?」


 何という白々しさ。

 命じたのがディラン本人であることを知っているにも関わらず、支持者達はまるで初めて聞くかのように驚きの声を上げた。


 無断で連れ出すなど許されることではありません、一体どの不埒者がそのようなことをと、重ねて声が上がる。


 敗戦国の王族、それも断罪待ちの聖女。


 厳重な管理下にある独房で、正規の手続きなしに連れ出せるなど……よほどの高位貴族に違いないと、ざわめきが広がった。


「……もともと私は、聖女を断罪するのには反対だったのです」


 ディランは悲し気に目を伏せる。

 信仰の度合いに差こそ有りすれ、レトラ神聖国と同じ神を拝するアスガルド王国。


 聖女マーニャの断罪には、反対する者も多かった。

 それなのに断頭台へ送った挙げ句、神罰がくだるほどに祝福を受けた聖女を囲うとは。


 処刑場での一件を鑑みれば、神への冒涜にも等しいのではないか。

 許されることではない、厳しく罪を問うべきだ!


 あらかじめ仕込んでいたのだろう、糾弾する声、神罰を恐れる声が、そこかしこから聞こえてくる。


「ディラン殿下、『とある郊外の屋敷』とは誰のものでしょうか。もう調べはついているのでしょう?」

「いや、それが……」


 迷うように言い淀み、彷徨わせるディランの視線は、ルーカスへと向けられる。


「実は……陛下がお持ちの、屋敷だったのです」


 何かの間違いであってほしいと願っているのですが。

 肩を落として漏らす声は、意外なほどによく通る。


「領土侵犯はまだしも、神殿を血の海にしたあげく、名高い聖女を屋敷に囲ったということですか……?」


 熱に浮かされたように言を発する支持者達。

 それに賛同する声が、一つでも上がればしめたもの。


 その呟きはさざめくように、会場中へ広がっていく。


「陛下、どうかお聞かせください! 聖女を連れ出すよう命じたのは陛下なのでしょうか!?」


 とんでもないディランの猿芝居。

 否定して欲しい、と縋るように叫ぶディランに、ルーカスは眉をひそめた。


「……だったら、どうだというのだ?」


 ルーカスが否定をしなかったことに驚き、諸侯達に動揺が広がる。


「それほどまでに神罰が怖いか? ……このような些事をわざわざ王に進言するとは、よほど暇を持て余しているようだな」


 自身を非難する視線が飛び交うが、それもこれもすべて、ディランの命令によるものだというのに。


 ……すべての咎はルーカスに。


 言い訳をすることは、決して許されない。


 くだらないと言い捨てて悪役に徹し、そのまま場を後にしようとしたその時、ディランを支持する有力貴族の一人から疑問の声が上がった。


「陛下、かの聖女がくだした神罰は、処刑人のみならず民衆をも穿うがったと聞いております。果たしてそれは、本当に神罰だったのでしょうか……?」


 完全なる仕込みの出来レース。

 ルーカスはその後の展開を察し、唇を固く結んだ。


「まことに神罰であるならば、神の庭を侵した者達が一番に受けるはずです。ですが実際は処刑を見物にきた民衆……それも同じ神を拝する、敬虔な信者へとくだされました」


 思い詰めたように語る男は、もちろんディランの飼い犬である。


「つまり神罰ではなかったと……?」


 ディランは驚いたように、声高に問い返す。

 聞くに堪えない白々しさ……だが目を背けたくなるような猿芝居は、まだまだ続く。


「はい。聖女本人が何かしらの力を使ったとしか思えません。すべてが終わった処刑場はむごたらしく、まるで悪魔の所業だったと聞き及んでおります」

「その話が真実ならば、極刑を恐れた聖女が魔に魅入られた、とでも言うつもりか?」


 一年後の公開処刑に向けて、布石を打つべくディランが続ける。


「これは陛下、困りましたな。一度このような噂が広まると、払拭することは難しい。神に寵愛された聖女であればともかく、そのような曰く付きの者を囲うだなどと……」


 呆れ果てたように首を振るディランへ、脇に控えていたもう一人の支持者が口を開いた。


「こちらは昨日入ってきたばかりの情報ですが、囲うどころか王妃として擁立すべく、婚姻の手続きを命じられたとか」


 その言葉に一層ざわめきが大きくなる。


 それもそのはず、国王とはいえ独断で一国の王妃を……しかも敗戦国の曰く付き・・・・の聖女を勝手に据えるなど、許されるはずがない。


「だが仮にも聖女だ。魔に魅入られた云々はあくまで憶測に過ぎず、王妃に相応しくないとは言えまい」


 一人の貴族がマーニャを擁護すべく声をあげるが、黙殺される。


 正しいかどうかなど、問題ではないのだ。

 保身に走る貴族達はいつだって少数派の意見を押さえ込み、場の空気は多数派へと流されていく。


 言い訳すら許されず、ただ口をつぐみ、非難の声に耐えるしかない国王ルーカス。


 ディランは愉悦にひたるように、その様子を眺めていた。




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