第30話 答えは実にシンプルだ②


「聖女として傅かれていたお前には縁のない話だろうが、神殿内での派閥争いや権力闘争は、王宮の比ではない」


 継げる領地の無い次男、三男……破産した貴族なども神殿には多くいる。

 放逐されれば生きる場所を失うため、皆必死なのだ。


「暗号は神殿内の敵味方を識別し、するために使っていた。こんな形で役に立つとは思わなかったがな」

「……王宮へ、機密事項を知らせるためではなかったのですか?」

「そんなことをまだ信じていたのか? 相変わらず愚かだな」


 ずっと信じていた。

 ――だってマーニャにそう教えたのは、ドレイク自身ではないか。


「やらなければ、こちらの命が危うくなるだけだ」

「そんな……」

「アスガルドの先王は悪政を敷いたが、あれで敬虔な信徒だった。同じ神を拝するレトラ神聖国を亡ぼす予定はなかったのだが、代替わりした新王は違ったらしい」


 ルーカスではなく、ディランの命令によるものだと知っていながら揶揄をする。


「俺自身いいように使われ、長い間不自由な立場でいたんだ」

「私と同じ立場だった、とでも仰りたいのですか?」

「勿論その通りだ。それも二十年以上もの間な」


 聖女として崇められてきたお前などより、むしろ俺のほうが被害者だ。

 恥ずかしげもなく口にするドレイクを、マーニャは信じられない思いで見つめた。


 少なくともマーニャに対しての行いは、ドレイク自身の判断だったはず。

 それなのに本人を目の前にして、申し訳なさの欠片すら見当たらないのだ。


「あの日、ドレイク様はどちらにいらっしゃいましたか?」

「聖騎士団と王国騎士団の模擬戦に立ち会うため、バルモ平原へ遠征に行っていた」

「あの惨状をご存知ないから、そのようなことが言えるのです。神殿が焼かれ、逃げ遅れた者もいるのですよ?」


 良心に訴えかけ、少しでも反省を促せないか。

 そう思ったのが、間違いだった。


「ッ、はははは、最高だな! あの薄汚れた聖職者達には相応しい末路だ!!」

「なんてことを……」


『祖国の再興は、あなたの手に委ねられている』


 最初に受け取った暗号には、そのように記されていたのに。

 神殿を焼かれたのに嬉々とし、さらにはレトラ神聖国の民ですらない。


 ドレイク様が何故祖国の再興を呼び掛けるのか、理解ができなかった。


「再興するのは、本来あるべき形での神聖国だ」


 感情を露わにするマーニャとは対照的に、ドレイクの瞳は氷のように冷たい光を宿している。


「王家など存在しない……神の御名を全地に示し、その栄光を神殿のみが享受できる新たな国だ」

「仰る意味が……」

「レトラ神聖国然り。アスガルド然り。愚かな統治者に任せるくらいなら二国を併合し、神の代理人が直接統治すべきだとは思わないか?」


 裏切り者の大司教はマーニャの手首を掴み、振り払うこともできないほど力を籠めた。


「そこに王はいない。亡国の誉れ高き聖女……マーニャ、お前が統べるのだ」

「――ッ!?」 


 その言葉に、部屋の空気が凍りつく。


「生き延びたいのだろう。俺と手を組めば公開処刑を免れた上、新たな国の統治者になれるぞ」


 これは、神を蔑ろにした者達への正当なる復讐だ。


 冷たい指先が手首に食い込み、痛みと嫌悪で顔が歪みそうになるのをマーニャは必死で堪えた。

 生き延びるためなら復讐をも厭わないと決めたが、さすがにこれは――。


《新たな神聖国にマーニャが君臨すれば、思いのまま復讐ができるわねぇ》


 ドレイクの提案が気に入ったらしいアンジェリカが、ご機嫌でマーニャにまとわりつく。


 いつの間にか、またこの男の前で委縮してしまっていた。

 マーニャがハッと我に返ると、すぐ目の前にかつて自分を虐げた大司教ドレイクの顔がある。


 だがその眼差しに畏怖が混じり、その目がこれ以上ないほどに見開かれていた。


「……おい、なんだは」

「ソレ?」

「今お前の横にいた薄桃の……き、消えた!?」


 隣にいた薄桃、といえばアンジェリカしかいない。

 マーニャから飛び退くように後退ったドレイクは、慌てふためきキョロキョロと辺りを見廻した。


《マーニャ、あの男に触れてみろ》


 すかさずルビィから指示が飛び、マーニャが嫌々ドレイクに触れる。

 ルビィはドレイクの後ろからそっと唇を寄せ、耳横で囁いた。


《お前……もしや我らが見えているのか?》

「うわぁッ!? なんだ、また消えた!?」


 触れた時だけ悪女達の姿と声が確認できるらしい。

 慄いたドレイクがマーニャの手を振り払い、一歩、また一歩と壁際まで後退する。


「マーニャお前には見えていないのか? この部屋に人ならざるモノがいるぞ!?」

「……人ならざるモノ? なんのことでしょう?」


 声を震わせ、警戒心を露わにするドレイク。


「ドレイク様、先程から急にどうされたのですか」

「薄桃と、黄金の……!!」


 声の震えを隠そうするが隠しきれておらず、逆に裏返り、見たこともないほどの醜態をさらしている。


 ルビィの言う通りだ。

 何故この男に、自分は気圧されていたのだろう。

 平常心を取り戻したマーニャは、ドレイクの情けない姿をじっと見つめた。


 ――生き延びることは大前提。

 その上で必要な者に復讐を果たすつもりだったが、また一人、そのリストに大司教ドレイクの名をそっと書き連ねる。


「私には何も見えませんが……? ドレイク様、それは亡霊の類でしょうか」

「亡霊!?  いや、待て。まさか……でもそんな」


 マーニャですら知っていたのだ。

 アスガルドの民であるドレイクが、二人の悪女を知らない筈がない。


《あらマーニャったら、知らないふりをして悪い子ねぇ》

《亡霊などとふざけた扱いをするようなら、力を貸してやらんぞ?》

《でも実際、そうよね》


 うるさい黙れと黒剣で切られるアンジェリカを目の端に留め、だがこの手札を有効的に使いたいと考える。


「そういえば神使が遣わされた時、人を模すと伺ったことがあります。もしや何かを通して、ドレイク様に神託を授けられたのでは?」

「神の使いだと!?」


 現に私には見えないですから、と補足する。


「すべてに復讐をし、国を再興するとなると多大な労力が必要です。神託を受けられるならば、こんなに嬉しいことはありません」


 頬に手を添えて微笑むマーニャ。


《すべてに復讐するなら、こいつも含まれるのか?》

 ルビィの問いかけに、人差し指を頬の上でトントンと二回動かした。


 答えは、――『はい』。


 先程まで暇を持て余していた『使』達は、面白いことが始まりそうな予感にワクワクと目を輝かせている。


「実は闘技場でも不思議なことが起きたのです。屈強な騎士様から逃げ惑う途中、急に意識が無くなり、――気が付くと剣を持ったこともないのに勝利していました」


 あれはもしかしたら、神の使いが降臨されたのかもしれません。

 マーニャは神妙な面持ちで、そう告げた。





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断罪された聖女です。敵国の王から溺愛され次第、復讐を開始します 六花きい@夜会で『適当に』ハンカチ発売中 @rikaKey

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