第29話 答えは実にシンプルだ①


 ――ディランの支持者である、件の有力貴族が来訪する日。


 本日は偶然にも王宮で急ぎの仕事が入ってしまったらしく、ルーカスは不在……何かあった時のためにと、レオルド以外にもう一人護衛騎士を付けてくれた。

 さらに「危険な時はルビィに代われ」と、短剣を手渡される。


「いずれ処刑されるのですから、何かあっても少し時期が早まるだけでは?」

「……駄目だ。その前に死なれては予定がくるう」


 そっけない物言いだが、気遣いが嬉しくてマーニャは口元を綻ばせる。

 来訪者がマーニャを害することはないと思うが、護身用の短剣を持たせてくれたのは心強い。


 ルーカスが屋敷を発ってから程なくして馬車が邸内へと乗り入れ、一人の男が姿を現した。


「これはこれは聖女様。先日、闘技場でお見掛けした時とは異なり、華やかな装いですね」


 男は再会を喜ぶかのように恭しく頭を下げ、部屋へと足を踏み入れる。

 かつてマーニャを鞭打ち、聖女としての尊厳を踏みにじった張本人――大司教ドレイク。


 何か言わなくてはと思うのだが、いざ本人を目の前にすると喉が詰まったように息ができなくなってしまう。


「どうされました聖女様。具合でも悪いのですか?」


 すべて分かっていながら……愉悦の表情を浮かべてドレイクは歩み寄る。


 レトラ神聖国にいた時と同様に足が下がり、跪きそうになった次の瞬間、二人の間にルビィがずいっと顔を割り込ませた。


《おいマーニャ。何をしている?》

「!?」

《この程度の男に、よもや気圧されているのではあるまいな?》


 呆れるほどの傲慢さと自信に満ちたその表情……ルビィが両腕を組み、マーニャに挑むような視線を投げかけてくる。


《お前がいつも共にいるのは、一体誰だと思っている?》


 王者の風格をたたえたその悪女は、マーニャの視界を覆うほどの至近距離で得意気に……口端をわずかに持ち上げた。


 その後方ではアンジェリカが、手土産は何かしらと勝手に荷物を覗いている。

 緊張感の欠片もない二人は、本日も通常運転。


「ふ、ふふ」


 まったく何をやっているんだか……。

 気遣うと見せかけて威張るルビィもルビィだが、元王太子妃のくせに勝手に荷物を漁るアンジェリカの姿もまたおかしくて……貼り付いていたマーニャの表情がふわりと緩み、自然と笑みがこぼれた。


 先程まで苦しかった呼吸が嘘のように楽になり、大きくひとつ、息を吸う。


「聖女様、何かおかしなことでも?」

「いえ、本日はお越しいただきありがとうございます。お会いできるのを楽しみにしておりました」

「……以前とは、随分と印象が異なりますな」

「そうですか? 何故でしょうね」


 微かな敵意をにじませると、まさかマーニャが反抗的な態度を取るとは思わなかったのだろう。

 ドレイクの目が一瞬、大きく見開かれた。


「いやはやまるで別人のようだ。ゆっくりと話がしたいのですが、よろしいでしょうか」

「勿論です。……護衛の皆様は部屋の外にてお待ちいただけますか?」


 マーニャの指示を最優先にして従うようルーカスに命じられていた護衛騎士達は、渋々部屋を後にする。

 ドレイクの護衛騎士も同様に退室し、部屋にはマーニャと二人きり――。


「久しいな、マーニャ」

「――はい。御無沙汰しております」

「断頭台で殺されるものだとばかり思っていたが、あのタイミングで落雷するとは……お前は実に運がいい」


 先程とは一転し、ドレイクは声を潜めて不遜な笑みを浮かべた。


「やはりドレイク様が裏切っていたのですね……」

「裏切った? まるで祖国を売り渡したかのような物言いだが、俺は初めからアスガルドの人間だ。予定通りと言ってもらおう」


 大司教だった時の聖職者らしさは微塵もない、冷え切った眼差し。


「ですが確かにレトラ神聖国の貴族籍を持っていたはず……!!」

「そちらも嘘ではない。破産貴族から買い取った爵位を、有効活用していただけだ。裏切ったとは甚だ心外だな」


「少なくとも信徒を裏切ったのは確かです」

「随分と強気じゃないか。あの弱気なお前らしくもない。権力者に取り入って勘違いしているのかもしれんが、自分の立場をわきまえないと近いうちに破滅するぞ」


「……例えば公開処刑、とでも仰りたいのですか?」

「ははは、何だ知っていたのか。それならば話が早い」


 この裏切り者の大司教は何一つ恥じ入ることなく、マーニャが従うことが当然とでも言いたげに、先程からずっと見下すような笑みを浮かべている。


「断頭台の一件や、闘技場での行い……真の聖女であると知らしめたお前を支持する声は、今後ますます大きくなるだろう」

「ですが公開処刑は避けられないと、ルーカス様に伺いました」

「今のままなら、な」


 ドレイクはマーニャの前に立ち一瞥する。

 この目を前にするといつも身が竦み、言われるがままマーニャが従ってしまうことをドレイクは知っている。


「……レトラ神聖国内で聖職者が位を上げる方法を、お前は知っているか?」

「評議会を担う神殿内の高位聖職者達に、賄賂を配る……でしょうか」

「それもあるが、それだけで大司教の地位を得られるとでも?」 


 低く押し殺した声に、嘲りの色が混じる。


「答えは実にシンプルだ。敵対する者を、殺せばいいのだ」






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