第7話 贄の兎は、身体をひらく③ すべてを見通す王太子妃


「む、なんだ五月蠅うるさい奴め。ずるいだと!? まったく子どもか貴様は! 分かっているのか? お前が思っている以上に傷は痛むわ、熱で絶不調だわで……」


 我々と言った矢先、誰もいないのにブツブツとルビィが話し始めた。


「クソ、分かった分かった。変わってやるから静かにしろ!!」


 今度は何だとルーカスが身構えると、ルビィが動きを止めて、目を閉じる。


「おい、どうした? 今度はなんだ!?」

「いえ……なにも」


 謳うように言葉を紡ぎ、ゆっくりと開いたその目は薄桃色――。


「何が起きている!? ……また色が変わった!?」


 先程も翠眼が黄金に変わり、今度は薄桃色。

 異様な光景を食い入るように見つめていると、先ほどまでルビィだった少女が、自らの瞳を確認するかのようにグラスを覗き込んだ。


「不思議、色が変わったわぁ」


 先程まで高らかに笑っていたはずの少女は、ささやくようにクスクスと笑っている。


「今度は、誰だ!?」


 ルビィは『我々・・』と言っていた。

 ……つまりはさらに別人格が存在するということ。


「はじめまして国王陛下。わたくしの名前はアンジェリカ。恐れ多くも陛下の寝室で拝謁出来るなど、望外の喜び……以後、お見知りおきください」


 やはり別人格かとルーカスは目を剥くが、先程のルビィよりは話が通じそうである。


「……どのような経緯でこの状況に?」

「知り合いというか、一方的にお近付きになったというか、……憑いた・・・、というか?」


 ルビィといいアンジェリカといい、本人の許可を得ずに好き勝手やっている様子が見て取れる。


 またしても不穏な気配に、ルーカスは頬が引きつるのを必死で押さえた。


「処刑場に天から光の矢が降り注いだと報告が上がっているが、もしやお前達が?」


 たまたま雷が落ちただけだろうと思いつつ、だが違うという確証を得たい。

 話の通じそうなアンジェリカが出ているうちに、確認しなければと問いかけた。


「わたくしが? 出来る訳ないでしょう!」


 お腹を抱えて笑い出したアンジェリカに、いらぬ心配だったかと安心したのも束の間。


「詳しくはマーニャにお聞きください」

「待て待て、聖女に? あの惨事を引き起こしたのが、まさか聖女だとでも言うつもりか!?」

「……他に、一体誰が? 死の直前、無意識にタガが外れた感じよねぇ」

「お前達だけでなく、聖女本人にも問題が大ありではないか!! しかも制御できないだと?」


 国内にも魔法を使える者はいるが、処刑場を一人で破壊する程の威力は持ち得ない。


 もしそれが本当なら戦争兵器として有用だが、無分別に攻撃するとなるとあまりに危険なため、一年を待たず処分される可能性もある。


「それよりも、なぜこんな郊外の屋敷に国王陛下がいらっしゃるのか……わたくしは、そちらのほうが余程気になるわ」


 緩急付けて敬語を交ぜ、たまに崩れる口調が、聞いている者の不安を煽る。


「王都郊外の屋敷で囲うようにめとった囚われの聖女。王宮内にマーニャを置きたくない理由は何かしら? ルビィ様への態度も気になっているの」


 じっと見つめるその瞳に、まるで心の中を覗かれているように落ち着かない気持ちになる。


「なんだかいまいち支配者の香りがしないのよねぇ。もしかして、王は他にもいるのかしら?」


 グイっと身を乗り出し、アンジェリカはゆっくりと首をかたむけた。


「指輪をしているところを見ると、表面上の王は貴方。でももう一人、王が別にいるとしたら、貴方はいずれ邪魔になるわねぇ。うふふ、面白くなってきたわぁ」


 美しく微笑む口元……だが突き刺すように強い眼差しを向けられる。


「ああ、もしかして一年という期間は、貴方に許された時間なのかしら?」


 心の内を見透かされ、たまらずルーカスは目を逸らした。


「神罰を恐れる声が処刑場に響いていたもの。一度王妃に祀り上げた後に理由を付けて糾弾し、表立っての国王であるルーカス様共々、一年後に処刑……といったところかしらねぇ」


 すぐに殺すと、民衆が騒ぎ出しそうだわ。


 少ない情報から見る間に看破され、ヒュッと息を呑んだルーカスに目を留めたまま、アンジェリカはうっそりと微笑んだ。



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