第26話 咲き誇る百合には、三枚の葉がついている


 ちょうど太陽が真上に昇る頃、これまで静かだった屋敷内が急にざわめき始める。

 窓から顔を覗かせると、積み上げられた荷物を前にして、侍女達が何やら困った様子で使者と話をしていた。


「レオルド様、何事ですか?」

「いえ、それが……王弟殿下とその支持者達から、聖女様に贈り物だそうです」

「私に?」

「はい。ドレスの仕立て屋もいるそうで、直接採寸もしたいと」


 突然の話に戸惑っていると、ディランからの使者は受け入れるよう、ルーカスから予め通達が為されているのだという。


 だが今回の訪問はマーニャ宛。

 外部と接触をさせないようにとの指示もあり、相反する命令に、どう対応したものか皆困っているようだった。


《上手く王弟側に取り込めれば処刑回避、難しければ公開処刑。どちらに転んでも現段階では聖女に害為すつもりはないと、対外的にアピールしたいんでしょ》

《相変わらず気に食わん男だ》


 だが何に役立つか分からんからな。

 貰える物は遠慮なく、すべて貰っておけとルビィが宣い、その通りだとアンジェリカが頷いている。


 こうしている間も続々と贈り物が運び込まれており、ただでさえ少ない使用人達が軒並み対応に追われていた。


「採寸ということであれば、あちらに赴いたほうがよろしいですか?」

「いえ、外部との接触は固く禁じられています。必要であれば個別に許可を取り、改めて受け入れましょう」


 贈り物は受け入れるが、採寸は別途ルーカスの許可を取ってから改めて、ということらしい。

 それもそうね、何があるか分からないものねと眺めていると、すべての贈り物を運び込み、使者が帰っていった。


《マーニャ、見に行きましょうよ!》

《酒があったら引き取ろう》

「ふふ、そうですね。……レオルド様、下に降りてもよろしいですか?」


 レオナルドの許可を得て広間に行くと、色とりどりの箱が所狭しと積み上げられている。


「あ、聖女様。騒がしくしてしまい申し訳ございません」


 マーニャに気付き、一人の侍女が駆け寄ってきた。

 初めて屋敷に連れてこられた日からずっと、身の回りの世話をしてくれている侍女のメルダ。


 よく気が付き、必要最低限ではあるが不便のないよう気遣ってくれる。


「こちらこそ、人手が足りない中いつもありがとうございます」

「勿体ないお言葉です。……左側が美術品や調度品、右側が珍しい海外のお品だそうです。そして中央に高価な宝飾品が並べられています」


 見れば中央テーブルの上に小さめの箱が並べられている。


「採寸はお断りしたのですが……何とか説得し、お引き取り願いました」


 なかなか引き下がらず、大変だったのだろう。

 メルダは疲れたように溜息を吐いた。


「それにしても、こんなに沢山……」

「祖国にいらっしゃった時は、もっと凄かったのではないですか?」

「レトラ神聖国で聖女だった時も頂いたことはあるのですが、こうやって間近で見るのは初めてです」


 力無く微笑む姿に、メルダとレオルドは顔を見合わせる。

 メルダの物言いたげな視線を受け、レオルドは仕方ないとでも言うように肩をすくめた。


「……聖女様。既に中身を検めた後ですが、もしよろしければ御覧になりますか?」

「拝見してもよろしいのですか?」

「危険物が混じっていないことは確認済です。気になる物があれば直接手に取っていただいても構いません」


 あの頃はこれの比にならないくらい多くの贈り物が、毎日山のように届いてた。

 ――だが一度も、マーニャの手に渡ることはなかった。


「ありがとうございます。是非お願いします」


 どうしたのだろう。

 ルビィとアンジェリカが何とも言えない微妙な顔で、喜ぶマーニャを見下ろしている。


《この程度のことで、嬉しそうに……?》

《なんとも不憫な娘だな》


 相変わらず上から目線の二人。

 ディランからというのは抵抗があるが、自分宛のプレゼントを手に取るのは初めてだ。


 明けやすそうなサイズの宝飾品の箱を開けていくと、見るからに高価な宝石や指輪が入っており、アンジェリカが隣で楽しそうに値段を言い当てている。


 そして一際美しい装飾の赤い箱を見付けて手を伸ばし、――ふと、マーニャの動きが止まった。


「聖女様、どうされましたか?」

「いえ、あまりに高価な品々で少し驚いてしまって……」

「気に入った物があれば仰ってください。陛下に許可いただければ、手元に留め置くことも可能です」


 マーニャが箱を開ける様子を、すぐ後ろで見守っていたレオルド。

 前回同様に距離が近く、「もう少し離れてもいいのでは」とメルダに呆れられている。


 マーニャが手に取った赤い箱にはいくつもの宝石が散りばめられ、季節の花々が彫られていた。


 右下には、美しく咲き誇る百合の花。

 その茎に三枚の葉がついている。


 ドクリとマーニャの鼓動が跳ねた。


 一見、何の変哲もない百合の花。

 だが等間隔に並べられた三枚の葉は――?


「……とても素敵な装飾品ですね」


 手の震えに気付かれないよう、リボンを解き、箱を開ける。

 内側には金糸で刺繍が施されており、指輪とイヤリングが入っていた。


「こちらと、……そうですね、最初と次に開けた贈り物。この三つを頂けないか、ルーカス様に伺いたいです」


 レオルドを振り返り、マーニャは微笑んだ。



 ***



《もっと色々見たかったのに!》

《どうしたマーニャ、気になることでもあるのか?》

「いえ……」


 早々に自室に戻り、ベッドに突っ伏したまま動かないマーニャが気になったのか、二人が代わるがわる話しかけてくる。


 満開の百合に、三枚の葉。

 万が一、外部に流出してもバレないよう、神殿内で使われる暗号がある。


 一番上の葉は『神殿』。

 二番目は『聖女』、そして三番目は『王家』を表している。


 表面上は敬わっているものの、神の館である神殿内で『王家』の扱いは一番下。

 目を凝らさないと分からないくらいだが、二番目の『聖女』の葉が最も長く伸びていた。


 聖女に拘わる報せ、――つまりは暗号を知る者から、マーニャに宛てたもの。


 箱蓋に散りばめられた宝石と、内側に施された刺繍から内容を読み解くには、どうしても時間が足りなかった。

 長く手に取っていると怪しまれるため、手元に留め置けないかレオルドには伝えてある。


 思い出される神殿での記憶。

 二人に見られないよう柔らかいベッドに顔を埋めたまま、マーニャは唇を噛みしめた。





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