第25話 聖杯に血を満たし、飲み干したらしい
邸内限定ではあるが、ようやく出歩く許可が下りたマーニャは、束の間の自由を満喫していた。
「あの、レオルド様は書庫にいる間もお傍に?」
「はい。そのつもりです」
……しかし、すぐ後ろにいる男性が気になって、嬉しい気持ちが半減する。
ルーカスがつけてくれた護衛騎士レオルド。
鋭い目つきに加え、むき出しの上腕二頭筋がこれでもかと自己主張している。
その場にいるだけで圧がある上、ピタリとついてくるレオルドに、マーニャは正直げんなりしていた。
「少々距離が近すぎるようですが……」
「聖女様から絶えず目を離さぬよう、仰せつかっております」
「絶えず目を……そうですか」
固く命じられているのだろうか、距離が近い上、一挙一動を注視される。
護衛騎士なので仕方がないが、正直とてもやりづらい。
《融通が利かなそうな騎士よねぇ》
《まったくもって、暑苦しい》
いつもは諫めるところだが、今回ばかりは二人に同意。
折角書庫に来たのに、至近距離で立たれるものだから、先程から気になって集中出来ないのだ。
《何故またこんな、ルーカス様に輪をかけて堅物そうな騎士を?》
《振り幅が少ない男だからな。似た者同士の主従で、気が合うのだろう》
「またそんなことを言って……あ、これですね!」
少し背伸びをして手に取ったのは、『刑罰史』。
王国の司法手続きに則り処罰された罪人達の、罪と罰の記録である。
マーニャが送られたのは王国内の数ある断頭台の一つだが、歴史上、あの断頭台で命を散らした者は一人、二人ではない。
ルビィとアンジェリカ以外にも数多おり、なぜ二人だけが現世に顕現したのかとても気になっていた。
「お二人についての記載は、随分少ないですね」
犯した罪に、至った経緯。
事細かに書かれている者が大半なのだが、ルビィとアンジェリカのように数行しかない者もいるようだ。
《だって王国史の一部だもの。時の権力者にとって都合の悪いことは書かれないわ》
《改竄など当たり前。だが、面白い二つ名が多いな》
ルビィとアンジェリカだけではなく、後世に名を残すほどの悪女達には皆、物騒な二つ名が付いているようだ。
『首無し情婦レジーナ』に『白薔薇の毒姫ヘレニア』、ええと『魂喰らいの貴婦人シエラ』……!?
一体誰が名付けているのかは知らないが、二つ名がついている者は総じて説明が少なく、数行の説明に留めてある。
二人の言う通り、公に出来ない、何らかの不都合な事実があったのだろう。
《マーニャだって危うく、『売国の聖女』として名を連ねるはずだったじゃない》
《お前にピッタリの地味な二つ名だ》
「……地味で結構です。そういえば以前ルビィ様が仰っていた、『呪縛』について教えていただけますか?」
――聖女の血が呪縛を解き放ち、お前の怒りと清廉な魂が、眠る我らを呼び起こした。
断頭台を破壊したあの日、ルビィは確かそう言っていた。
《首を落とされた後は身動き取れないまま、気付けば燃え盛る断頭台で、お前と対峙していた。詳しくは分からん》
自分で言っておきながらよく分かっておらず、アンジェリカもまた同様らしい。
「あの……マーニャ様はもしかして、初代女王ルビィ・シエノスにご興味がおありですか?」
するとそれまで後ろで様子を見守っていた護衛騎士レオルドが、マーニャの小さな呟きを拾い、話に入ってきた。
「ええと、興味があると言いますか……私と同じ断頭台に沈んだお二人、ルビィ様とアンジェリカ様に共通するものがあったりしないかな、と」
「ルビィ様とアンジェリカ様?」
また何故、と言いたげにレオルドは眉をひそめ、それからふと思いついたようにある本を取り出した。
「アスガルド王国の子ども達は悪さをすると『悪女達のように断頭台に送られるぞ』と親に脅されて育つのですが……」
煌びやかな装丁のその本は、アスガルド王国の宝物目録らしい。
数ページ
杯の表面には国章が刻まれ、複雑な模様と共に、大きな黒色の宝石がはめ込まれている。
「こちらは『マウロアの聖杯』と呼ばれています。建国時に作られたこの聖杯は、権威の象徴として用いられていたそうです」
《そういえば、何か象徴になる物があった方がいいと言われて作らせたな》
思い出したようにルビィが独り言ちる。
「実はルビィ・シエノスは、蹂躙した敵国の王の血を聖杯に満たし、飲み干したのだとか」
「……ッ!?」
敵国の王の血を飲んだ!?
驚いてルビィに目を向けると、《誰がそんなことするか、バカ者が》と不満気に睨まれてしまう。
「そして先程仰っていたアンジェリカ・グルーニーもまた、王位継承式を血の海にした際、殺した王太子の血を聖杯に満たして飲んだと言われています」
《はぁッ!? 冗談はよしてちょうだい、誰があんな男の血を》
アンジェリカ自身も初耳だったのか、苛立ちの声を上げている。
「お二人に共通するとしたらこれくらいでしょうか。何しろ生きていた時代が違います。『マウロアの聖杯』にまつわる話と、同じ断頭台に沈んだことくらいしか共通点は思い浮かびません」
「その聖杯は、今どこに?」
「どちらの使用者も首が飛び、曰くつきですから……今や呪いの聖杯として扱われ、宝物庫の奥深くに眠っているそうです」
「なるほど宝物庫に……詳しくありがとうございます」
思いのほか親切に説明してくれたのは驚きだが、それ以上の情報は出てきそうにない。
今日はここまでにしておこう。
念のため『宝物目録』を借りて部屋へ戻ると、ルビィが腕を組み、記憶を辿るようにゆっくりと首を傾けた。
《血を飲んだくだりは悪意のある創作だが、毎晩コレで酒盛りをしていたのは確かだ》
「聖杯で酒盛りを……?」
《断頭台に向かう前、最後の酒を所望し呑んだ時もこの杯だ》
呪いというものが本当にあるのかは疑問だが、死の間際に強い想いが残ったことで、何かしら作用した可能性は否定出来ない。
《わたくしだってそうよ? あんな男の血なんて飲むわけないじゃない!!》
生前、カビや虫害を防ぐため『宝物の虫干し』に立ち会った際のこと。
『この不吉な聖杯はお前のようだな。これで
美女を侍らせた王太子にそう言われ、暗に断頭台行きまで示され、アンジェリカは激怒した。
さらには怒りに震えていただけなのに、『どうした呪いが怖くて震えているのか? 普段からそうしていれば可愛げがあるものを』と嘲笑され、ついに怒り爆発。
虫干ししていた聖杯を掴み、酒代わりに噴水の水をすくって飲み干した後、あろうことか王太子に向かい思い切り聖杯を投げつけたのだ。
『呪いが怖いですって!? 馬鹿馬鹿しい……初代女王に滅ぼされた敵国の王のようになりたくなければ、口を慎むことね!!』
王族への不敬であっても罰せられないほどの高貴な家柄。
恐れ知らずの王太子妃アンジェリカは、そう言って高笑いしたのだが……。
《噂は、このせいかしら?》
《……恐らくな。さすがの私も、お前の所業はどうかと思うぞ》
「とはいえ、ルビィ様の呪い? が籠もったその聖杯で、何かを飲み干したという共通点は見つかりましたね……」
呪いの聖杯で何かを飲み干し、断頭台で首を斬られる。
考えても、それくらいしか該当しなさそうだ。
よく分からんな、とルビィが呟き、アンジェリカとマーニャもまた、諦めたように溜息を吐いた。
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