第15話 手のひらの上、愚か者は踊る①


試す・・だなんて、それは大変光栄なお申し出。どうしましょう、心惹かれてしまいそうだわ」


 許可も得ず立ち上がったマーニャ……の中に入ったアンジェリカは、期待に満ちた眼差しをディランに向ける。


「瞳の色が変わった!?」

「うふふ、レトラ神聖国の王族、それも神聖力の強い聖女にだけ顕現する特徴です。……そう。わたくしのような、特別な者だけ」


 半分くらいは勢いよくむせたことが原因だが、その瞳はしっとりと潤み、年齢にそぐわぬ色気をまとっている。


「お名前を、伺っても?」


 微笑む姿は艶っぽく、ゆったりと小首を傾げる色めいた仕草に、男の視線が釘付けになる。


「ディランだ。神殿の奥深くに閉じ込められた清廉な乙女のはずが、これはなかなか……」 

「ディラン様と仰るのですね。とても素敵なお名前だわ。品のある立ち振る舞いから察するに、高貴なお方とお見受けいたします」


 実際は不躾この上なく、屋敷に入るなり挨拶もそこそこに、横柄な態度で二人を平伏させ暴言を吐きまくったのだが。


 アンジェリカの嫌味を込めた褒め言葉にディランは気付かず、自尊心がくすぐられたのか、満更でもないように頬を緩めた。


「わたくしのことは既にご存知かと思われますので、説明は不要ですね」


 アンジェリカはゆっくりと手を伸ばし、細く長い指でディランの顎先を弾くように、軽やかに撫でる。


「ねぇディラン様? 心がけ次第で長生きできるとは、どのような意味でしょう? このような情緒も知らぬ乱暴者の妻に下げ渡されて、わたくし不満に思っていたのです」


 拗ねたように少しだけ口を尖らせる様子は、先ほどとは一変し、まるで無垢な少女のようだ。


 触れるアンジェリカの指先をそのままに、ディランはクックッと含み笑うように喉を鳴らした。


「そのままの意味だ。お前が俺を楽しませることができれば、取計らってやってもいい」


 相変わらずの傲慢な態度……アンジェリカは頬に手を当て、「困ったわ、どうやって楽しんでいただこうかしら?」と小さく独り言ちる。


 悩むように目を上向ける姿がまた可愛らしく、思わずといった様子で、ディランはマーニャを抱き寄せた。


「ディラン様のお傍に侍るのも素敵ですが、やはり命のやり取り以上に、心躍るモノはないのではなくって?」

「クッ……はははは! 違いない! さすがは『売国の悪女』、よく分かっている」


 先程までは、あどけない少女のようだったのに。

 目を瞬かせるたび、その眼差しは変化する。


 今度は情欲を煽るような蠱惑的な眼差し……クルクルと変わる表情から目が離せず、しなだれかかるその細い身体を、ディランはご満悦で腕の中に閉じ込める。


「そういえば、貴国では名誉を守るための『決闘裁判』があるのだとか。民衆を闘技場に集めて、どちらか一方が負けを認めるか、剣を持てなくなるまで戦い続けるのでしょう?」


 良いことを思いついたとばかりに目を輝かせ、嬉しげにはしゃぐアンジェリカの様子に知らず警戒心が薄れたのか、ディランが相好を崩した。


 こうなればもうしめたもの。


 マーニャの身体に入っているアンジェリカは、してやったりと、ほくそ笑む。


「その通りだ。随分と詳しいな……代理人も立てられるが、許されるのは『決闘裁判』当事者の配偶者か、三親等内の親族のみ。今は金で解決されるのが主流だから、ここ数年は行われていない」

「お金で解決するなら、それに越したことはありませんわ。……ですが名誉のために、命を懸けるなんてとても素敵」


 アンジェリカが生きていた時代は、当事者同士の『決闘裁判』が頻繁に行われていたのだが、今は代理人を立てられる上、金で解決してしまうらしい。


《自身の名誉を、自ら守り抜く気概すら失ってしまったとは、まったくもって嘆かわしい。随分と甘っちょろくなったものだ》


 駆け引きを続けるアンジェリカの目の端で、苛立ちをあらわにする建国の祖。


 ルビィがギリギリと歯噛みする様子に吹き出しそうになるのをこらえ、アンジェリカは憧れを抱くようにうっとりと頬を染め、言葉を紡いだ。


「もしわたくしが当事者になったら、夫であるルーカス様は、命を懸けて戦ってくださるかしら?」

「この腰抜けがか? 無理な話だな。そもそも王は代理人にはなれない」


 ……簡単に『王』などと口にして、愚かなこと。

 当たり前の話ではあるが、アンジェリカが生きていた時と同様に、王は代理人にはなれないらしい。


 ルーカス本人からはハッキリとした答えを貰えないでいた『国王である疑惑』が確信に変わり、アンジェリカは口元を綻ばせる。


 ほぼ間違いないだろうとは思っていたが、決定打になる言質は取れていなかった。

 欲しい情報を得るには、口の軽い愚かな王弟がうってつけのようだ。


「では逆であればいかがでしょう。わたくしは、夫であり王であるルーカス様の代理人になれますか?」

「お前がか? 代理人は、親族内にいる手練れの者を指名するのが慣習だ。お前が出たところで死ににいくようなもの」


 小馬鹿にしたように、鼻で笑われる。

 そもそも女性が代理人となって戦うなど、ありえないのだろう。


「それにまだお前達は、正式に婚姻を受理していない。現時点では身分的にも不可能だ」

「まぁ、それは残念だわ」


 身分上は、まだ正式な妻ではなかったようだ。

 思った以上に警戒心が強いが、プライドが高い浅薄な男。


 ……ルーカスよりも、よほど御しやすい。


「滅ぼされた祖国には何の情もございませんが、地を這いつくばるしか能のない男の妻など願い下げ。運命を共にして、一年以内に処刑なんてお断りです」

「ああ、そこまで聞いていたのか。なるほど、それではその態度も仕方ない」


 一年という期限も、やはりルーカス自身に許された時間であった。

 そして黙っていればルーカス共々、マーニャも処刑されてしまうのだ。


「召し上げたにも拘わらず神罰に怯え、手を出す勇気もない愚か者。聖女であるわたくしに相応しいとは思えませんわ」

「なんだ、まだ手を出していないのか? きつく命じたにも関わらず、ここまで情けないとはな」


 断罪を待つ戦争捕虜のマーニャに、相応しい男も何もないのだが……ルーカスは口を開くことを許されていないのだろう。


 ただじっと地に伏して耐え、時間が過ぎるのを待つその姿を、アンジェリカはチラリと見遣った。





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