第23話 傀儡の王は、懺悔する①
規則正しい馬の足音が軽やかなリズムを刻む。
疲労感に襲われ、馬車に乗り込むや否や、マーニャはグッタリと壁に身を預けた。
正面席ではルーカスが長い足を組んで座っており、頬杖を突いて窓の外を眺めながら、ぼんやりと物思いにふけっている。
狭い車内に二人きり。
本当はマーニャ一人で帰るはずが、帰り際なぜか突然現れ、同乗すると言い出した。
数人だったはずの警護は、ルーカスが同乗したことによりモリモリと手厚くなり、無駄に大所帯となっている。
国王であることを隠していた件について、何か話があるのではとも思ったのだが、終始無言のまま時間が過ぎていった。
特に話がないのなら、行きと同様、別々の馬車が良かったのに……。
……正直言って、とても気まずい。
げんなりしていたのだが、目を閉じるなり睡魔が訪れ――。
どれくらい時間が経っただろうか。
浮遊感に、薄っすらと覚醒する。
「ん――……?」
ゆらゆらと身体が揺れ、冷たい風から逃げるように暖かさを求めると、頬がかさついた何かに触れた。
すぐ近くで、ふ、と微かに笑う気配がして、――慌ててマーニャは飛び起きた。
「ッ!?」
すぐ目の前に、ルーカスがいる。
横抱きにされて部屋へと運ばれる途中だったらしく、しかも頬ずりしたのはよりによって、ルーカスの首筋。
「キャァアアアッ!?」
自分でも驚くくらいの叫び声が邸内に響きわたり、ルーカスは数度目を瞬かせた。
「も、申し訳ございませんッ!!」
「いや、構わない」
ルーカス様は構わなくても、私が構う!
今すぐ歩くから降ろして欲しい!!
熟睡していたから、仕方なく抱き上げて運んでくれたのは分かっているのに。
それなのに、思い切り悲鳴を上げてしまった。
「……少しだけ時間をもらえるか。二人きりで話がしたい」
初めて会った夜に『心して使えよ』と命じたくせに。
二人きりで話すのにも気遣いを見せてくれるのかと、驚いてしまう。
そろりと見上げると、吸い込まれそうに深い黒色の瞳が、迷うように揺れていた。
***
(SIDE:ルーカス)
静寂の中、ピー、ピー、と微かに笛のような音が聞こえ、ルーカスは目を眇めた。
「おい、起きろ」
「ハッ、久しぶりの睡眠欲に負けてしまったわ」
「…………」
居眠りをしていたアンジェリカは、思った以上に疲れていたのねと、口元を手で拭っている。
二人きりで話がしたいとは言ったが、中身が違うとは聞いてない。
「えッ!? 交代ですか? でも……ああはい、約束ですものね。それでは五分だけですよ」とマーニャの部屋に入るなり空中に向かって話しかけ、薄桃の瞳が覗いたのである。
そういえばディランが屋敷に訪れた夜、『一日一回時間を決めて』交代すると約束をしていた。
酒の力を借りなくても交代できるようになったのか……。
喜ばしい気もするし、いらぬ面倒ごとが増えただけのような気もする。
「五分経った、交代だ。今すぐ代われ」
「やあねぇ、せっかちな男性はそれだけで魅力が半減よ?」
「いいから早く代われ」
しかも横柄だわと文句を言いながら、アンジェリカが目を閉じ、――開いたその瞳は黄金色。
くそ、まだもう一人いたかとルーカスは天を仰ぐ。
「今度はルビィか……」
「構わん、話せ。後ほどマーニャに報告することになっているから問題ない」
……毎度毎度、一筋縄ではいかない悪女達。
初めて会った夜は、マーニャの身体を使って好き勝手やっている様子が見て取れた。
だが驚いたことに、この傍若無人な悪女達と上手く折り合いをつけている。
本人達が気付いているかは不明だが、一定のルールのもと、いつの間にかお互いを尊重するようになっていた。
「すまないが代わってくれ。マーニャと直接話がしたい」
「ふん……まぁ、いいだろう。お前のおかげで、久方ぶりに黒剣を手にできた」
さすがに渡す訳にはいかないので、ルビィ愛用の黒剣はルーカスの預かりとなっている。
剣柄には王の刻印もあり、普段下げている剣とは別に、儀礼用にしても良さそうだ。
ルーカスの言葉を受けてルビィが目を瞬かせると、美しい翠眼が輝いた。
「マーニャか?」
「……はい」
マーニャに、マーニャであることを確認するとは、何とも滑稽な話である。
「他人が聞いたら、気が触れたと思われてしまうな」
自嘲気味に呟くと、聞き取れなかったマーニャが「あの、なにか……?」と小首を傾げている。
「今日は疲れただろう?」
「はい。ですが少し寝て回復致しました」
「そうか……」
告げるタイミングを逃したというのもあるが、ルーカスが国王であることを知ればより苦しみが増すのでは、という思いも強かった。
祖国を滅ぼした王に娶られたと知れば、さぞ憎しみの籠もった眼差しを向けられるのだろう。
――そう思っていたのだが。
なぜかその眼差しは変わらず、ただ一つ違うことと言えば、ルーカスに怯えなくなったことくらいだろうか。
「ディランに命じられたことはいえ、母の命と天秤にかけ、俺はお前の祖国を滅ぼした」
これについて、謝るつもりはなかった。
あの時のルーカスにとっては、それが最善だったのだ。
「お前のいる神殿に、火をかけたのは俺だ」
「……」
「そしてお前を捕虜として捕らえ、断頭台行きを命じたのも俺だ」
聖職者達が逃げ惑う中、ルーカスは剣を振りかざし、燃え盛る聖堂に足を踏み入れた。
揺らめく炎に囲まれながら、一心に祈りを捧げるマーニャの姿は清らかで、気付けば息をするのも忘れ、ただその姿を見つめていたのだ。
周囲の音が遠のき、マーニャの姿だけが浮かび上がるように、瞳に映る。
このような状況に於いてなお、祈り続ける聖女とは一体どのような娘なのだろうと、思わずにはいられなかった。
「……そうですか」
罵倒されても仕方ない。
それだけのことを、自分はしてきたのだから。
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