第15話 電車、シオンと〇〇〇

 墓参りからの帰り道。


 人は誰しもハンデを抱えているもんだが、俺のハンデは父親がクソゴミ野郎だっただけだ。父親がいたってもっと辛い環境の人はたくさんいる。


「そんな泣くなよ」


 シオンは目を真っ赤に腫らして泣いていた。彼女もひとり親のもとで育ったのだ、俺の昔話に共感できるところがあったのかもしれない。


 涙を拭ってやる。


「もう電車がくるぜ」


「これからはわたしもいるからね……お兄ちゃん……」


 息を呑んだ。お兄ちゃん呼び……


 俺とシオンは同学年なので普段お兄ちゃん呼びはしないのだ。すごくいい。


「今度からお兄ちゃんでいこう。な?」


「ええ?」


 シオンは鼻をすすりながらも笑った。


「なに? 妹萌えしちゃうの?」


「違う。これは兄としての責務だ。妹に正しい言葉遣いを教えないと」


 シオンは肘で俺の脇腹をつついた。


「ご飯も洗濯も掃除も妹任せなくせにお兄ちゃんぶらないでほしいなー」


「いつも助かってるよ。でも俺がやってもいいんだぜ?」


「いいの。わたしの花嫁修行だから。それに家事をしてなきゃコウくんにマウント取れないからね」


「婚約者ができたら俺のとこにまず連れてこいよ。家事もしないようなやつなら叩き直してやるから」


「……イジワルだね、コウくんは」


 俺たちは駅のホームのベンチに座った。空は暗くなり始めている。


 シオンはピッタリ寄り添うようにして、俺の手をとって弄りだす。くすぐったりしきりに撫でたりだ。


 分かった。これが甘えたいときのサインだ。シオンは無邪気で奔放なようにみえてかなり周囲の目を気にしている。だから人前で過剰にくっついてくることはないのだが……


「なあ、俺の過去は話したけど」


「……なあに?」


 ついに踏み込もうと思う。この3年間ずっと気になっていて、でも聞けていなかったこと。


「シオンは……うちに来る前どこでどんなふうに暮らしてたんだ? お母さんは――どんな人だった?」


「うーん……」


 シオンは屈託のない笑顔を崩さない。


「知りたいの?」


「ああ、知っておきたい」


「そうかあ……ちょっと待ってね確認してみる……ああだめだ」


「だめ?」


「このイベントを見るにはまだ親密度が足りていないみたいだね。もっと頑張ってコウくん!」


 シオンはそれで話は終わりとばかりに俺の肩の上に頭を乗っけて鼻歌を歌いだす。


 この妹は秘密主義だ。人のことは聞きまくるくせに自分のことは話そうとしない。だけど……まあいい。親密度が足りないらしいから、いつか教えてくれるのだろう。


 金色の髪の毛を梳かすように撫でる。シオンは目を細めた。


「ねえ……わたしさ……」


 カンカンカンカンカンカンと鳴り響く。電車が来たのだ。俺たちは立ち上がった。


「空いてますよーに」


 シオンが手を合わせて祈る。この時間帯は退勤ラッシュでかなり混むのだ。


 電車はホームに突っ込んできて、シオンはすぐに「うげえ」と呟いた。案の定――というか当然なのだが――なかなかの混雑具合だ。


 扉が開いた。ほんの数人が降りるが焼け石に水である。


 意を決して乗り込む。普段は徒歩での通学なので電車はたまにしか使わないが、この時間帯に乗ると最悪の気分になるのだ。これが俺が働きたくない100の理由その18くらいであり。


 だが――妹を守らねばなるまい。


 電車は走り出した。家の最寄り兼学校の最寄りまでたったの三つだ。快速なので途中停車もない。


 車内で俺はシオンを壁際に追いやって壁となるような位置をとった。都心ほどの混雑ではないので息もできないほど苦しいわけではないが、若い女性は不安に思うくらいの混み具合である。


「ありがと」


 シオンが抱きついてくる。


 わざわざスペースを作ってやっているというのに無駄にすんじゃねえ、という気持ちであるが、きっと今は甘えたいモードなのだ。いつにもまして。


 黙ってされるがままになっておく。


 それに役得だ。でっけえおっぱいが押し当てられてるんだから。


 魔性の青い瞳がじーーーと見つめてくる。


 そしてシオンは――俺の尻を撫でた。


「おい、痴漢すな」


「えへへ」


 それでもシオンはさわさわと触り続ける。甘い匂いが鼻をくすぐってきて、マーキングみたいに擦り付けてくる柔らかな女体の感触が脳を溶かしていく。


 気づけば俺の手はシオンのプリリとしたお尻に添えられていた。


「ちょっと……コウくん……許可してないんですけど?」


 シオンは復讐だと言わんばかりに俺の尻を揉む。だがこれは――誘っているという解釈で間違ってるはずはない! あざとい女だ。


「先に仕掛けたのはそっちだろ」


「いいえ? コウくんが悪いんですけど」


 耳に口を寄せ合ってこしょこしょと話す。息がくすぐったい。


 視線が絡み合う。


 シオンのお尻はゴムみたいに弾む感触を返してくる。シオンが抱きしめてくる強さに合わせてぐいぐい持ち上げるようにしてやれば、青い瞳はとろんと潤んで粘っこい視線に変わった。


「ズルいよ……」


「?」


「バカ」


「あーあ、もう怒ったから」


 まずいぞと思いながらも、俺の手は止まらない。スカートの中のすべやかな肌に直接触れてしまう。


 肌はしっとりと指に吸い付いてくる。シオンはいっそう抱擁をきつくした。


「だめ……」


 息が熱い。


 墓参りの帰りになんて罰当たりなことをしているのだろうか。俺ってほんとにクズ。だがそんな思考は真っ白な何かに塗りつぶされていく。生尻って最高だ。


 指がパンツの端にかかった。今日一日脱がせたり履かせたりした黒いパンツだ。もはや完璧にイメージできる。


「ぅぅっ」


 指の先がほんの少しだけ、パンツの内側にもぐり込む。生地を伸ばすようにまんまるなお尻をなぞる。


「電車の中だよ……」


 シオンは囁く。ずっと見つめ合ったままだ。逸らしたら負けな気がしている。


「じゃあもうしない」


 ぱっと体を離す。シオンを壁際に押しやった。


「これでいい?」


「これはだめ」


 シオンは首を横に振った。また抱きついてくる。当然俺の手はそのお尻を守護する。


「くっついたら……揉まないと死ぬわけ?」


「その通りだ」


「バカ」


「次言ったら許さないぞ」


「バカバカバカ」


 どうやらお仕置きをご所望らしい。徹底的に痛めつけてやらねばならぬようだ。


 シオンは反抗的に睨みつけてくる。


「シオンって……可愛い」


 眼差しが、表情がとろける。


「もう一回」


「可愛いよ」


「えへへ」


 シオンは可愛いなんて褒め言葉は浴びまくっているはずなのに、俺が言ってあげると相当喜ぶ。


「コウくんの……おかげ」


「おかげ?」


「ん……ふぅ……そう、おかげ」


「…………」


「ため……かもね? んっ」


 声に艶が交じる。


 俺の脳内に住み着く善の化身である天使が「さすがにヤバいぜ兄弟」と制止してくる。そうここは電車の中。公共の空間だ。


 だが同時に「だからこそいいんだろ?」と主張するものがいた。そいつは天使を蹴散らした。


「可愛い」


「うん」


 余裕のなさそうな顔で、しかし健気に微笑むシオン。


 ああまずい。越えてはいけないラインを越えてしまいそうだ。


 ふと、ピロリンとスマホが鳴った。


 ちょうどいい。少しばかり心を落ち着ける時間が欲しかったところだ。それから股間もオーバーヒートしてしまう。


 スマホを取り出して内容を確認する。


「え?」


 思わず大きな声を出してしまった。車内の注目が集まって気まずい。


 シオンが小声で聞いてくる。


「どうしたの?」


「アキからだ。……カエデが催眠にかかったって」


 シオンはあんぐり口を開けた。

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