第3話 帰り道、3人で〇〇〇
「舐めやがって――ッ! すぐに当ててやるから覚悟しとけッ!」
吠える俺。
「またコウくんが変なこと言ってる」
シオンは無邪気な笑顔を崩さないし、カエデも表情は変えない。
チッ。口を割るつもりはないらしい。だがいつか決定的な証拠を突きつけてやる。
シオンは俺の手から服を取り上げて微笑んだ。
「ほら、着せてあげる。ばんざいして?」
指示に従って両手を上げた。
そうすれば肌着をかぶらせてくれて、さらにシャツも羽織らせてくれる。
細い指先が慣れた手つきでボタンを止めていって、襟を整えて、最後に俺の前髪をいじり始めた。
なんで女に服を着せられるのってこんなに気分がいいのだろうか。
シャンプーのいい匂いが鼻をくすぐってくるので……シオンの首元からちらつくでっけぇ谷間をここぞとばかりに凝視する。
シオンは俺の邪心に気付かないまま、むしろ見せつけるように近づいてくるが、カエデからの視線は零度を下回った。見過ぎでしょ変態と目で語っている。
「カエデ。サイズで負けてても気にすんなよ。お前のもじゅうぶん大きい」
カエデは俺の足を踏んづけた。
「いつかあなたを殺すのはきっと私ね」
「二人とも何の話? ――はい、できたよ。かんせー、かっこいいコウくんの出来上がりです!」
「ありがと」
「うん、どういたしまして。――わたしはもう帰るけど、コウくんとカエデちゃんはどうするの?」
「俺は帰るよ」
カエデとの話は終わった。
なぜだか知らないが自分がDIOだと認めるつもりはないらしい。それならばこっちにも考えがある。
「なら私も」
「じゃあ3人でかえろっか。なんか久しぶりじゃない?」
「たったの2週間ぶりよ。春休みだっただけ。久しぶりってほどじゃない」
「2週間も、でしょ。なにー? カエデちゃんは寂しくなかったって言うの? わたしたちと帰りたくなかったって言うの?」
「そ、そんなことないけど」
詰め寄るシオン。たじろぐカエデ。
いうてほぼ毎日顔を合わせてたけどな。カエデはしょっちゅう俺らの家に遊びにくるし。
「なら一緒に帰ろう!」
シオンはスキップでも踏むように上機嫌で歩き出し、俺とカエデはその後ろについていく。
廊下を抜け、昇降口で靴を履き替え、校舎の外へ。
学校から家までは真っ直ぐ一本道で、川沿いをただただ行くだけだ。
夕暮れの帰り道。沈む夕日が川の水面に眩しく反射している。
シオンが俺とカエデの手を取った。父と母に挟まれて歩く子どもみたいに、繋いだ手を大きく振り回しながら歩いていく。
「2人は課題考査どうだった?」
「私はいつもどおりね」
「まあ俺もいつも通りだな。シオンは?」
「わたしは今回自信あるよ! がっつりとした手応えを感じてる。空欄はぜんぶ埋めたし!」
「いつもそう言ってるよな。そしていつも下から2番目の順位を取る。困ったもんだぜ」
「はいはい。コウくんには感謝してます。なぜって、コウくんがビリなおかげでいつもビリ回避できてるからね!」
試験の順位はいつも俺が学年で一番下、シオンがその一つ上だ。なぜ俺がこのポンコツに負けるのか、ずっと理解ができない。
「醜い争いをしないで。2人とももう少し真面目に授業を受けるべきよ。地頭はいいのだから」
そういうカエデは学年トップ。同じ環境で生まれ育ったのになぜこうも差がついたのか。
「――そういえば。春休みの宿題はちゃんと終わってる? 明日には提出だけど」
「しゅ、しゅくだい……?」
シオンは目を逸らし、空を指さして言う。「あ、UFOがいた!」。
俺もそれに乗っかる。「あれはM78星雲からだな。ウルトラマンだぜ」。
カエデは大きく息を吐いた。
「そんなことだと思った。休みの間から聞いておくべきだったわ…… 手伝うから今夜で仕上げましょう」
「カエデちゃんありがと! 感謝して写させていただきます!」
「写すのはダメ。教えるからちゃんと解くのよ。そんなに時間はかからないから」
「えー。カエデちゃんが言うなら頑張るかー」
「カエデってまじで可愛いよな。だから写させてくれ」
「そんなこと言ってもダメ。何が"だから"よ」
「写させてくれたら、なんでも言うことを聞く。頼む」
「なんでも……」
カエデがごくりと唾を飲んで、白い喉が見てとれるほど動く。
「……やっぱりダメ。私は色仕掛けには屈しないわ」
こいつの脳内では”なんでも言うことを聞く”ってだけで色仕掛けに変換されるらしい。なんていやらしい女なんだ。
「この変態め」
ぼそりと吐いた罵りの言葉に、カエデはびくりと身を震わせて頰を赤くした。
「……聞き取れなかったわ。もう一度言って」
「この変態め。宿題を写させろ」
「カエデちゃんは変態じゃないよ! それから写すのも諦めよう。そんなんだからいつまでもビリなんだよ」
「ビリの1個上に言われても響かねえな」
というか。俺の灰色の脳細胞は天才的アイデアを導き出した。
宿題なんてDIOにやってもらえばいいじゃん。ああそうだ。無限の時間を持つDIOにやってもらおう。
足を止めた。2人も立ち止まって不思議そうにしている。
交互に見つめて、俺は口を開いた。
「正体を明かせとは言わない。時間停止能力を持つどちらかよ。俺の代わりに宿題をやってくれないか?」
カエデは呆れたように顔を覆い、シオンはクスクスと笑った。
「時間停止ってなに? 漫画の読みすぎじゃない?」
「まだそんなこと言ってるの。時間停止なんて実在しません。大人しく自分の指で宿題を片付けることね」
「けっ」
2人とも自分じゃないという姿勢を崩さないらしい。どちらかが嘘つきなのだ。
カエデは困ったように微笑んで、
「時間停止なんてできるわけないでしょ。だって科学的におかしいもの」
「いいや。そんなことはないぜ」
科学はいつか宇宙を支配する全法則を明らかにするかもしれないが、現代科学はそれほど万能じゃない。
「時間停止能力は実在する。今から見せてやるよ」
いいことを思いついた。
DIOに能力を使わせる《・・・・・・・》のだ。それで何かがわかるかもしれない。
俺達が足を止めたのはちょうど橋の上。
そう高くない柵を超えさえすれば、澄んだ水がざばざばと流れている。
俺はその柵に足をかけた。カエデが眉を寄せて腕を組む。
「時間停止能力は実在するって…… いったい何をするつもり?」
「お前らのどちらかが時間停止能力者だ。それを証明してやる。いつまでも素知らぬふりができると思うなよ」
「なになに? なにするの?」
柵の上に立ち上がる。平均台くらいの細い足場。足を滑らせれば水の中に真っ逆さまだ。
「DIOよ。お前ならば俺を助けられる」
俺は少しずつ背中側に体重をかけていく。体がゆっくりと傾いていき――
「さあ、このままじゃ俺が川に落ちてしまうぞ! 助けるんだ! DIO!」
いよいよ俺の体は45度まで傾いた。もう自分じゃどうにもできない角度だ。
だが怖くはない。俺にはDIOがいる。
焦っているカエデ。戸惑っているシオン。
2人は俺に手を伸ばしてくれるが、普通じゃ届かない距離だ。時を止めて引っ張り起こすしかない。
「さあ使え!」
いよいよ20度まで傾いた。体感ではほとんど水平と変わらない。視界全面が空だけになる。こんなふうに空を見上げるのはいつぶりだろうか。
時間停止っていうのは最強の能力だ。無敵で万能。ありとあらゆる問題を解決することができる。
そして俺はDIOを信頼している。だってDIOは俺のことを好きなのだ。好いてくれる女は信頼できる。
「俺を助けろ! DIO!」
「コウッ!」
「コウくん!?」
そして――
――俺は普通に落下した。
頭が下で、足が上。
つむじから突き刺さるように、水面へ向けて速度を増していく。
叫ぶ。
「助けろや! ディオォォォオ!」
絶叫は暗くなりかけている空へ吸い込まれて消える。
俺は当然のごとく落下して、当然のごとく水に衝突した。当然のごとく痛い。
なんでだよっ! 助けてくれよっ!
立ち上る水しぶき。それから背中側すべてにビンタされたみたいな衝撃。水中に沈み込んで、ゆっくりと浮かび上がる。
「ぷはあっ!」
「コウ! だいじょうぶ!? 急に何してるの! バカなの!?」
「うるせーっ! バカなのはお前らのどっちかだ!」
バタ足をしながら濡れた髪の毛をかきあげる。服がどっしりと重たく、べったりとはりついて不快だ。
あーあ。なんで4月の川にダイブしなきゃいけないんだよ。
「コウくん! コウくん!」
シオンが橋の上で大きく手を振っている。なんだあいつ。
「なんだよ!」
「よく見ててね!」
そう言ってシオンはジャケットを脱ぎ、鞄を隣において、柵の上にのぼった。
そしてびしりと敬礼をする。
「隊長につづけ! シオン、いっきまーす!」
満面の笑み。一分子の濁りもない、透き通って晴れわたる最高の笑顔だ。
そして――
シオンは天に向かって高く跳躍した。
「なにしてんだ!」
彼女も当然のごとく落下する。
夕日をバックに、長い金色の髪の毛がばさりと広がった。
青い瞳は俺だけを映している。まるで子犬みたいな無邪気さで、抱きつくみたいに腕を伸ばして俺の方へ。
「コウくん! 受け止めて!」
俺はあわてて位置を調節した。
空気をよく吸い込んで頬を膨らませたシオンは豪快に水面に突っ込む。水しぶきがまた上がった。
もちろん俺から少し離れた位置だ。受け止めるとか危なすぎる。
シオンはすぐに浮き上がってきて、唇をへの字に歪めて頬を膨らませた。
「受け止めてよっ!」
「無茶言うな!」
カエデが橋の上から叫ぶ。
「シオンまで何してるの!」
シオンが叫び返す。
「カエデちゃんもおいで! やってみたら気持ちいいよ!」
「えぇ…… ほんとに? うーん。うーーーーーん」
カエデは柵の上にのぼった。俺の知る限りカエデは飛び込みなんてしたことないはずだ。
胸の前で手を組まれた手が緊張と恐怖を如実に表す。ビビっているのだ。それでも覚悟をきめてこちらに頷きを送り、
「えあああっ!」
と叫んで、数センチだけ跳び上がる。
やはり真っ赤な夕日をバックにして。
肘も膝も中途半端に曲げられていて、体を小さく丸めながら、いかにも運動センスのなさそうなふにゃりとした飛び込み姿勢だ。
まぶたはかたく閉じられていて、それでも口は開いて俺の名前を呼んだ。
「コウ! おねがいねっ!」
おいおい。お前も飛び込むのか。
俺は慌てて位置を調節した。もちろん受け止めるわけにはいかないが……
「ひゃああああああ!」
空を裂きそうな甲高い悲鳴をあげて、カエデがお尻から水に突っ込む。無様な入水姿勢のせいで水しぶきはずいぶんと派手だ。
場所は俺のすぐ隣。
俺は急いで潜り、ゴーグル無しで痛む目でカエデを探した。案の定あいつは水の中で手足をジタバタさせていて、その腕を掴んで引っ張り上げる。カエデは親に泣きつく赤子みたいに俺にしがみついた。
2人で薄青色の水面へ浮上していく。
「ぶっはあああ!」
「…………無茶したなあ」
浮かび上がってもまだカエデは俺に抱きついたまま、恥じらいもなく体を押し付けてくる。
俺も腕をしっかりと握りかえしてやれば、ようやく目を開いた。
「ありがと。死ぬかと思った」
「ひやひやしたぜ」
まあこの川は浅すぎず深すぎず、端に行けば足はすぐつく。死ぬことはまずないが。
シオンが泳いで寄ってきて、カエデのもう一方の腕を掴んで支えた。
「楽しかったでしょ?」
「……二度としない」
「えええ!」
「俺もしない。寒いし」
「コウくんが一番最初だったじゃん!」
「そんなことよりはやく上がりましょ。――手は離さないでね」
俺たちは繋がったまま岸へと向かう。なんでこんなことに……
そう、DIOだ。DIOが俺を助けなかったからこんなことになったのだ。
「許さねえぞ、DIO……」
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