第10話 部室、アキと会議

 今日は最高の日だ。


 両手をポケットに突っ込んでそこにある布の感触を楽しみつつヤンキーさながら廊下を歩く。


 俺は学内ではそこそこ有名人だ。成績最下位者でありながらマドンナ2人と仲睦まじく、しかも学園と同じ名字を冠している。我ながら話題には事欠かないだろう。


 さっと割れていく人混みを抜けていき、たどり着いたのはある扉。


 文芸部とやけに達筆な文字で書かれたプレートがぶら下がっている。


 似合わないというなかれ、俺は文芸部所属なのだ。もちろん名義を貸すだけの幽霊部員だが。


 去年までは三年生が数人いたのだが、現在の部員は二人のみ。


 扉を開けば安っぽいパイプ椅子に小動物的男子生徒である夏山アキがぽつんと寂しそうに座っている。


「あ、来てくれたんだ」


 アキは嬉しそうに顔をほころばせた。


「二人だけになっちまったからな」


「そうだね。……新入部員を見つけないと。長門顧問から同好会に格下げされるかもって言われてるし」


 部活動として最低必要な人数は五人。俺としてもこの部室は居心地のいいサボり場所であるため、手放すのは避けたい。


「とりあえずカエデとシオンは頼んだら名前を貸してくれると思うぜ」


「……うん。まあ、幽霊部員ばかりが増えるのはなるべく避けたいところだけど。贅沢も言ってられない。あと一人くらいなら見つかるだろう、それでノロマ達成だね」


 窓際にパイプ椅子を3つ並べた簡易的ベッドがあって、俺はそこに寝転んだ。ここが定位置だ。


「新入生の勧誘スタートは来週なんだけど……手伝ってくれる?」


「もちろんだ」


「ありがと。一人じゃ心細いから助かるよ」


 そうはにかむアキを見ているとなんだか妙な気分になってくる。こいつはいい匂いがするのだ。こういう時は心のなかで呪文を唱えなくてはいけない。だが男だ。だが男だ。


 勧誘競争はなかなか熾烈で、俺も入学したての頃は面食らったものだ。中学の頃にはそんなものは無かったから。そして声が小さくて背も低いアキはそういう戦いに向いていない。まあ俺だって向いてるわけじゃないが、一人より二人だな。


「ところで質問なんだが……文芸部って何してんだ?」


「…………」


 アキは壊れた人形みたいに黙ってしまった。自分以外の唯一の部員が活動内容さえ知らないという事実に愕然としているようだ。


 でもしょうがない。俺は読書は好きだが、文学はよくわからん。ラノベが専門分野だ。それも改行と会話が多いものに限る。この部屋の棚には辞書みたいな本が並んでいるがどれにも興味を惹かれない。


「……普段は一つの小説について感想を話したり、自筆の小説やらエッセイやらを読み合ったり、だね。学期に一度で文集も出しているよ」


「へえ……」


 文集とな。卒業以外で文集を作ることがあるのか。


「今年からコウが副部長だからね。例によって名前だけで構わないよ」


「俺が副部長? まあいいけど」


 副部長になったからといって何も変わらないだろう。俺は文芸部の集まりにそう顔を出していない。家に帰ってシオンとゲームしてる方が性に合ってるタイプだ。


「ところでさ……」


 アキは真面目な顔になって言った。


「パンツ泥棒の噂知ってる?」


「…………」


 俺は慌ててポケットからお宝たちがはみ出していないかを確認した。はみ出ていない。良かった。


 両手を上げて無罪を主張する。


「俺はやってない!」


「……別に疑ってないけど。そんな透き通った目で言われると逆に怪しいよ」


「被告人は反省しています! 減刑を!」


「それはやっちゃった犯人側のセリフなんだけど……まさかやってないよね? 冗談だよね?」


 俺はパンツでポケットを膨らませている変態かもしれないが、これは盗んだものじゃない。もらったんだ。


「神に誓おう」


「うん。僕はコウがそんなことをしないやつだと知っているよ。他の生徒がどう言おうとね」


 その言い方……


「まさか俺が疑われているのか?」


「いいや、まだだよ」


 まだってなんだよ。確かに俺は素行不良でちょいと有名ではあるが、下着泥棒なんてやらないぞ。


「そのパンツ泥棒は盗撮もやらかしてるらしくてさ。見ての通り僕は女っぽいところがあるから……女生徒たちから相談を受けたわけだ。男子の間で何か噂になっていないかとね」


 首を横に振る。俺は友だちが多い人間ではないし、妙に事情通な糸目の友人なんかもいない。


「何にも聞いたことないな」


「だよね。僕もない」


 アキはいよいよ本をパタリと閉じ、死刑を申し渡す裁判官くらい真剣な顔になった。


「僕は今日、時間停止能力が実在するのかもなんて思わされる事象に遭遇した。……気付かぬ間にパンツを脱がせられたり履かせられたりするっていう怪奇現象だ」


 その件に関しては申し訳ない。アキを完全に巻き込んでしまった。DIOは俺とのタイマンをご希望の様なので、今後はそうしなければいけない。


「それで……そのパンツ泥棒はさ……」


 アキはとっても馬鹿げたことをとっても真面目な口調で言い出した。


 俺はぽっかり口を開けて驚くことしかできなかったのだ。


「パンツ泥棒は催眠能力者なんじゃないかって言われてる」


 催眠能力者?


 百歩譲って超能力者がいるのはいい。いや、良くないが、まあそんなこともあるだろう。だがなぜ時間停止やら催眠やら――AVみたいな能力ばかりなんだ?


「令和のホームズとワトソンの出番だとは思わないかね? 文集のネタにもなるし」


 アキはふんすと鼻から息を吐いた。


「女子のパンツを盗むなんて不届きもの、僕とコウにかかればあっという間でお縄さ」


「……まったくだ。許しがたい行いだぜ」

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