第33話
唐突な"あの感覚"。
シオンが消えた。
「こっちだよ」
と思ったら左にいて、俺の腕を抱きかかえるようにして甘えてくる。まるで瞬間移動だ。
再びの"あの感覚"。
今度はカエデが消えて、右側からもたれかかってきた。目に怪しげな光が宿っている。
「二人ともが時を止めれるの。止まった時の中では二人だけが動ける。シオンが止めても私は動けるし、逆もそう」
カエデが俺の耳にかじりついてきて――
「だからこんなことは……」
"あの感覚"。
俺のズボンはずり下がっていて、ベルトは抜き取られている。そのベルトはカエデが持っていた。なぜか――なぜかカエデが自分の首に巻いている。
そして俺とカエデの間に立つようにシオンがいて、両手を広げて俺を庇ってくれていた。
「わたし、コウくんの貞操をカエデちゃんから守るために孤独な戦いを続けてきたんだよ!」
「好き放題はできないってわけ。二人で合意したことしかやらないようにしてるの。――言っておくと、シオンはノリノリでご奉仕に参加してたから」
シオンは耳たぶまで真っ赤にした。
「これはウソ!」
「嘘じゃないけど」
俺は呆然としていた。そんな可能性は今まで考えもしなかった。
しかし二人がDIOだというならば全ての事象に説明がつく。二人で協力して俺を撹乱していたのだ。
「英語の試験も二人で……?」
カエデが頷く。
「問題を見てコウとシオンが本当に留年してしまうと思ったから、ズルしたの」
「いやあ、あの件は助かったね!」
「……シオンのパンティを俺のポケットに詰め込んで、カエデのパンティと交換してくれたのは、どういうことだ……?」
今度はカエデが頬を紅潮させる番だった。
「DIOは私でもシオンでもないという推測に誘導したかったのだけど、シオンが『二人のパンティを渡さないと平等じゃない』って言うから……」
「わたしたち、平等をルールにしてるんだ」
シオンがパチンと指を鳴らしていたずらっぽい笑顔を作る。
「まあ指を鳴らすとかいらないんだけど――」
"あの感覚"。
左右のポケットが膨らんでいる。二人はスカートの裾を押さえながらもじもじしていて、それだけで俺はポケットの中身が何かを察した。
カエデが俯いてつぶやく。
「なんでまたこうなったのかしら……?」
「ノリだよ、バイブスです。下着だけでコウくん大喜びなんだからいいじゃん」
俺はそのお宝を取り出した。白と黒。二つ合わせて完全となるお宝だ。なんてエロい下着なんだ。
しかも脱ぎたて。これは嗅がなくては。
ほとんど反射的に顔に近づけていって――
"あの感覚"。
手の中から布地は消えていた。そして二人はもうスカートを押さえてはいない。
俺は咆哮した。
「返せ!」
「あなたのじゃないから」
カエデは唇をひん曲げて腕を組んだ。不機嫌そうだ。
「こんなに早くバレるなんて。やっぱりコウに存在を気づかせるべきじゃなかったわ」
「まあどんまいっ! だね」
「……カレーの一件のせいよ。シオンが私になすりつけようとするから」
「えー? どんな嘘にするか考えないうちに停止解除しちゃったカエデちゃんの責任もあると思うなー」
バレたのが誰のせいかなんてどうでもいい。ただ気になるのはあのこと。俺の声は自分でもおかしいほど震えている。
「ご奉仕っていうのは……俺を鎮めてくれた件だよな……? 具体的にどんなふうにやったんだ……?」
それを知りたい。知らなくてはいけない。二人でのご奉仕って何なんだ。
シオンの息が耳にかかって、囁きが脳を犯す。
「やってあげようか?」
それは禁忌だ。禁忌ではないのか。しかし拒否を口に出すことはできなかった。肯定も否定もできないまま、カエデがシャツのボタンに指をかける。
「やってあげましょう」
“あの感覚”。そして”あの感覚”。
連続した二度の時間停止。
気付けば俺の体には充足感と心地よい倦怠感だけが残されている。
変わらぬ様子のカエデとシオン。
しかし……時間停止の狭間で俺は見た。それは1秒にも満たない時間だったが、静止画のようにくっきりと目に焼きついている。
一糸纏わぬ生まれたままの姿のカエデとシオン。絵画の女神のようだった。そしてそれに挟まれる裸の俺。溢れ出す快感。溺れるほどの愛情。女の肌のすべすべした感触を全身に感じたのだ。
まぶたの裏にこびりついて消えないこの情景は、真実とは思えないほど美しかった。
二人が揃って言う。最後になるかもだからたっぷり愛情を込めました、と。
俺は崩れ落ちそうだった。
「なんてことだ……」
涙がこぼれていく。俺は泣いてしまった。夢見た理想、しかし望むべきでない関係性。それはすでに存在していたのだ。
シオンが頭を優しく撫でてくれる。
「泣かないで」
「なんで泣いてるわけ?」
「分かんねえよ……」
「泣いてないで、選ぶんでしょ」
カエデが俺の手を取る。シオンとも繋ぐ。俺たちが手を繋いで三角形を作った。
「コウ、大好き」
「コウくん、大好き」
「…………」
「コウがどんな選択をしようとも」
「わたしたちは受け入れるよ」
DIOは言った。ワタシを選んでと。その覚悟ができていると。
覚悟ができていないのは俺だけだった。
俺に甲斐性なんてない。一人の女に向き合って愛することだってままならない。だから二股なんてものはあり得ないと考えてきた。
だが二人が望んでくれるのなら。許してくれるのなら。
「本心を聞かせて」
「それが答えだよ」
カエデもシオンも柔らかな眼差しで俺の言葉を待っている。
「最低なことを言っていいかな?」
「うん」
「うん」
「俺はクズだ。だめだめな人間だ。それでも二人のことを愛してる。大好きだ」
そうだ。俺は二人を愛している。
「変わらないといけないのは関係性じゃなくて――俺自身だ。だから頑張るよ。誰になんと言われても幸せにしてみせる。愛が足りないなんて思わせない。後悔させないように、これが最高のカタチなんだと証明する」
今のままじゃいけない。変わらないと。
二人は嬉しそうに笑った。その笑顔が背中を押してくれる。
俺は今から最低のクズな発言をする。だけどクソゴミ野郎にはならない。二人を愛してしまったなら、その責任を果たすのだ。
結局のところ、俺はここまでお膳立てしてもらわないと結論に辿り着けなかった。
「愛してる。もしもよければ――二人まとめて、彼女にしたい。その先もずっと三人でいたい」
言ってしまった。こんな醜いものが俺の本音だったのだ。それでも向き合っていかなければ。
二人が同時に口を開いた。目を見合わせ、声を合わせて――
しかしその言葉が紡ぎ出されることはなかった。
「おい……おい! どうした!?」
二人は目を閉じて、体のバランスを崩して倒れ込む。
俺は慌てて二人を支えた。二人は意識を失っている。なんの前触れもなく気絶したのだ。
理解が追いつかない。
二人の体をテーブルの上に横たえる。カエデの頰をつねってみても、シオンの額をぺしりと叩いてみても反応はない。
呼吸はある。眠っているだけのように見えた。
「どうしたんだ……」
ふと、ある言葉を思い出した。
神を名乗る少女の言葉だ。もう一度告げられたかのようにはっきりと聞こえた。
神頼みには生贄、
「代償……」
なぜ二人が能力についてひた隠しにしてきたのか。俺にバレないようにしてきたのか。
その答えを悟った気がした。
二人は決して急病で失神したのではない。もっとファンタジーな何かだ。
冷たい汗が全身から噴き出して制服をじわりと濡らしていく。
幸せなハーレムライフは、まだもう少しだけ先らしい。
スマホを取り出してアキに電話をかける。アキはすぐに出た。
「もしもし?」
「アキ、まだ学校にいるか?」
「うん。いるけど」
「部室でカエデとシオンが気を失って寝てるから、ちょっと任せる」
「え?」
「俺は――神様と話してくるよ」
「……え?」
あの少女とはどこで会えるのか。きっと今もどこかで見守っているはずだ。
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