【義妹か】どちらかが時間停止能力者(スケベ)のようだ【幼馴染か】

訳者ヒロト

第1話 どちらかが時間停止能力者

 あ、ありのままに今起こったことを話すぜ……


 試験が終わるまで残り5分。


 俺は「こりゃあムリだ」と早々に鉛筆を放り投げ、前の席に座る女子生徒の透けるブラをじっと眺めていたのだが……


 白紙の解答用紙が埋まったのだ。


 左上から右下まで隙間なく。


 しかも可愛らしい丸文字で。


 ありえない。


 紙をすり替えるなんてできるはずもない。

 俺にバレずに書き込むなんてもちろんできない。


 異常なことが起こっている。


 さらに――名前の欄には「あなたが大好きな女の子より♡」とあった。


 こ、こわい。こわいよ。


 俺は今人生で最も不可思議でファンタジーな事象に直面している。


 恐ろしくなってあたりを見回すが、みな試験に集中していて目の合うものはいない。


 これは俺の第2の人格が目覚めたとかそんな話じゃない。


 似たような"異変"は前からあったのだ。


 つまりこれは――時間停止能力者の仕業だ。


 脳細胞がはじき出した衝撃的な答えを、しかし俺はたやすく呑み込めずにいた。


 だってそんなことありうるのか?


 落ち着いて考えよう。ここ最近のことを振り返るのだ。


 レジ前で財布を持っていないことに気づいたと思ったら、ポケットに一万円札が入っていたことがあった。

 体操服を家に忘れたと思ったら、机の上に広がっていたことがあった。

 生意気なギャルがからかってきてうぜえなと思ったら、彼女のパンツを握りしめていたことがあった。


 妙なことも続くものだと思っていたが……偶然じゃない。


 全ての疑問は時間停止能力ザ・ワールド者の存在によって解決される。


 だが誰だ?

 いったい誰がこんなことをしてくれる? 


 俺の白紙の解答用紙を埋めてくれるような人間。それもおそらく女。


 すぐに2つの候補が浮かび上がった。


 1人目はカエデ。

 隣の家に住む女で、生まれたときからずっと一緒だった。

 たぶん俺に惚れていて、ねだればなんでも奢ってくれるので、都合がいいと思ってキープしている。


 2人目はシオン。

 親の再婚でできた義理の妹で、もう付き合いは4年目になる。

 たぶん俺に惚れていて、よく世話を焼いてくれるので、都合がいいと思ってキープしている。


 まず間違いない。この2人のどちらかだ。


 時間停止能力者は――DIOと仮称しよう――俺のことをストーカーばりに監視しているのだ。


 ここ最近俺が巻き込まれるトラブルはすべてDIOが解決してくれた。


 そんなに時間と情熱を注いでくれるのは、カエデかシオンのみ。


 わざとらしく咳ばらいをして、おもむろに鉛筆を持ち上げる。


 そして書き込んだ。


――お前はだれだ?


 一瞬の間。


 ふと、不思議な感覚があった。


 こめかみを小さな針でチクリとやられるような、連続する映像にワンフレームだけ真っ黒な画面が挟み込まれたような、ほんの小さな違和感。


 普段なら見逃しているはずのそれを、身構えていた俺は確かに感じ取った。


 そして、やはり、解答用紙には


 瞬きさえもしていなかったのに。前からここにいましたよとでも言いたげに堂々と存在している。


――ひみつ♡


 とだけ。どうやらDIOはお茶目なやつらしい。


 ふむ。


 俺は今までぬるま湯のような青春を送ってきた。


 いい女を2人も侍らし、日替わりでいちゃいちゃを楽しみ、しかし「今は彼女作る気ないから」とほざいて告白を牽制し、どうにか両方と肉体関係を持つことだけを望んできた。


 だがそれも終わりだ。


 俺は決めた。


 俺は――DIOを選ぶ。


 DIOと結婚する。DIOに養ってもらう。DIOのヒモになる。


 なぜって、時間停止能力があれば一生安泰だからだ。


 その能力は巨万の富を生み出すだろう。俺は家で寝てればいい。


 あるいは……俺のために能力を使ってもらってもいい。


 DIOの助けがあればメッシだって大谷翔平だって超えられる。無敗のプロポーカーになれるし、誰にも理解できないマジシャンになれる。


 考えれば考えるだけ可能性は広がる。


 俺の一生をDIOに捧げる。代わりにDIOの一生を貰う。


 等価ではないが……不足分は愛で補ってくれ。


 再び鉛筆をもちあげ、書き込む。


――ずっと前から好きでした。結婚しよう。


 また"あの感覚"。そして返信はすぐ。


――嬉しい。でも私のこと誰だか分かってる?


 クソッ。見抜かれてやがるぜ。


 右を見た。黒髪の綺麗な女――カエデと目が合う。


 カエデはぷいとそっぽを向いた。


 左を見た。金髪の可愛い女――シオンと目が合う。


 シオンは無邪気にニコリとほほ笑んだ。


 鉛筆を持ち上げ、書き込む。


――どっちだ?


 また"あの感覚"。


――本当に好きなら当ててみて。


 右を見る。眉をひそめたカエデは口の形で「こっち見ないで」と伝えてきて、恥ずかし気に髪の先を弄んだ。


 左を見る。困り眉のシオンは口の形で「試験むずいね」と伝えてきて、にへらと頬をゆるませた。


 どっちだ。いったいどっちだ。


 クールぶってるドスケベ幼馴染か、天然っぽい無自覚エロ義妹か。


 どちらかが時間停止能力者。


 どちらかがDIO。


 どちらかが――俺の未来の嫁。


「いいぜ。当ててやるよ。ヒモ生活のためにな……」


 とりあえず、前の席の女子生徒のはみ出ているブラを凝視する。こうすると集中できるのだ。


 そして考える。どっちだろうか。


 うーむ。今日はピンクか。春らしくていいじゃないか。いやそんなことはどうでもいい。目覚めろ灰色の脳細胞。DIOはどっちだ。


 唐突に"あの感覚"がこめかみを襲う。


 また時が止められたのだ。


 俺は必死に違和感を探した。まるで間違い探しかアハ体験だ。


 そして気づく。


 ――はみ出ていたブラが制服の下に引っ込んでいた。


 クソッ! DIOめ!

 ささやかな楽しみを奪うんじゃねえ!


 ああそうだ。DIOは嫉妬深い。


 しかもどういうわけか簡単に正体を教えてくれるつもりはないらしい。


 だがすぐにでも当ててやろう。


 時間停止は決して無敵の能力じゃないんだ。俺には――考えがある!!!

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