第26話 リビング、シオンと〇〇〇

 無断早退を決行した俺は帰宅途中で獣となることなく、無事に家まで帰ってきた。


 昼飯がパンだけで物足りなかったので冷蔵庫の中身を荒らした後、ソファにどっぷりと沈み込む。


 今日はなかなかにタフな一日だった。昼のニュースを見ながら牛乳を飲む。


 しばらく無心でテレビを聞き流していたわけだが、ふと、水着のアイドルたちがはしゃぐCMが始まった。真ん中の女の子はシオンに似ている。


 俺のムスコはぴくりと反応した。


 慌ててテレビを消す。


 唇を噛み締め、拳を握り、衝動を抑える。これはまずいかも。家の中は安全地帯と思っていたがそうではないかもしれない。


 もしも些細なこと、それこそ少し思い出してしまったとかで性欲が昂ってしまうとご近所さんを襲いかねない。


「一人きりになるべきじゃなかったか……」


 DIOがいてくれる学校に戻るべきだろうか。しかし……


 俺のムスコは戦闘モードに入り始めた。このまま外に出るのも危険だ。落ち着くのを待つか、あるいは二人の帰宅まで耐えるか。


 そんなとき。


 ガチャリと玄関が開いた。


 驚いて見れば、靴を脱ぎながら帰ってきたのはシオンだ。


「ただいま帰りましたー」


「……授業はどうした? サボリか?」


「コウくんに言われたくないけど。このサボリ魔め。……まあ、コウくんが学校に行かないならわたしも休む。いつかの恩返しです」


 シオンはへらへらと笑ってカバンを置いた。


「カエデちゃんと話し合ってわたしが帰ることになったの。催眠にかかってるヤバい男を一人にしちゃうと取り返しがつかなくなるかもってね。いざとなったらわたしが縛り付けてあげる」


 得意そうに鼻を膨らませて、持ち出したのは――縄跳び。そんなのを見たのはいつぶりだろう。


「縄跳びで?」


「そう。意外と丈夫なんだよ。とにかく、えっちなことを考えないようにすること」


 それは無理難題である。シオンみたいな無意識にエロい女を前にして性欲を抱かないほうが失礼というもの。


「昼からサボるってなんか、きもちーね」


 シオンはぐぐぐっと伸びをした。大きな胸が強調されて、俺は凝視せざるをえない。


 肉食獣のような視線にはさすがのシオンも気づいたのか、さっと胸を隠す。


「……見すぎだよ」


「シオンが悪い」


 本当にまずいかもしれない。心配して帰ってきてくれたのは理解できるのだが、俺は耐えることができるだろうか。


「コウくん、今日一日ずっと様子がおかしかったからね。突然吠えたり叫んだり女の子に抱きついたり、かと思ったら眠ったり。悪魔に憑かれたって噂になってるよ」


 女の子に抱きつくのは犯罪だろうな…… 裁判では催眠にかかってたことを主張するしかない。


「あ、でもわたしとカエデちゃんにしか迷惑かけてないから安心してね」


「よかった……」


「えっちな気持ちが抑えられなくなる催眠ってことだけど……体は大丈夫なの?」


 シオンが寄ってきて、俺の額に手を当てる。胸の谷間がちらついた。雪のように汚れのない白いおっぱい、二つがむぎゅっと寄せられて黒い深淵の谷を作っている。


 ああ、やっぱりだめだ。


「ひゃあっ!」


 細い腰を抱きしめる。おっぱいに顔をうずめて、思いきり匂いを吸い込む。しぼりたてのミルクのような優しい香りがした。


「ちょっと、急に…… 催眠の効果がでた?」


 口は動かない。


 カーペットの上に軽い体を押し倒せば、金色の髪の毛がカーテンみたいに広がった。そのうえにのしかかって動きを抑える。


「コウくんっ! だめだよ!」


 縄跳びが俺たちの側に転がっていて、シオンはそれに手を伸ばしたが俺の方がずっと早い。遠くに投げ飛ばせばシオンの指が届くはずもない場所へと転がっていっく。


「あ……」


 青い瞳が俺を見据えた。その感情は読み取れない。驚き、恐れ、喜び、悲しみ。複雑なものがブルーサファイアの中で渦巻いている。


 顔を近づけていく。


 形の良いピンク色の唇。こらえるようにきゅっと引き結ばれている。


 吸い込まれてしまう。


「ねえ……」


 紙一枚の距離で俺は静止した。身じろぎでもすれば触れ合ってしまいそうだ。しゃぶりつきたい。


「キス、したいの? それで満足してくれる?」


 優しい声だ。理性を失いかけている俺を突き放すことなく受け入れてくれている。


 俺は頷いた。キスだけで満足することはないと分かっていたが、我慢ができなかったのだ。


 最後の1ミリはシオンからだった。


 ついばむだけの子どもみたいなキス。


 次の瞬間には、俺は熱い口内を蹂躙していた。奥で縮こまっていた舌を引きずり出して執拗に嬲り、歯列をなぞって形を確め、唾液を送り込む。


 俺の情欲がうつっていくかのように、シオンの目がとろけていくのが分かる。


 たおやかな腕が背中に首の後ろに回り、シオンはさらに俺を求めた。求められるまま応える。


 すぐにシオンはキスがどういうものかを学習し、俺の動きを真似するようになった。二つの舌は軟体動物のように絡み合い、交尾する。


 どのくらいキスしただろう。少なくとも十分以上、もしかしたらその数倍もしていたかも。


 ふと、シオンの腰がびくりと跳ねた。俺の腰とぶつかって、表情が驚きに変わる。今さら何を驚いているというのだろう。


 それをきっかけとしてキスは終わった。透明な橋がかかるも、すべてシオンの方に垂れていって、白い喉がごくりと動いた。


「コウくんの唇、わたしのリップが移っちゃった。ピンク色で可愛くなってるよ」


 シオンの唇も同じ。ツヤのある光沢を持って輝いている、柔らくて甘い唇だ。


「キスだけで、終われそう?」


 砕け散った理性の欠片を拾い集め、俺はなんとか言葉を絞り出した。


「無理だ」


 シオンが少し悲しそうに笑う。


「どうするの」


「セックスしたい」


「本気?」


「本気じゃない」


 喋るのはこれが限界だ。衝動と欲求でもうどうにかなりそうだ。


 いっそのこと逃げ出してくれればいいのに、シオンは俺の下敷きになったままで抵抗らしい抵抗を見せない。


 からかうように目を細めて、俺の手首を掴む。


「とりあえず、おっぱい触ってみたら? 落ち着くかも」


 そんなわけないだろう。この女は何を言っているのか。


 そう思いつつも手は導かれるまま、双丘を下から包み込んだ。その感触などもはや分からない。ただ気持ちいい。


「好きって言ってほしいな」


「…………」


「嘘でもいいから」


「……好きだ」


 別に嘘なわけじゃない。シオンのことは好きだ。可愛いし、優しいし、一緒にいて楽しい。


「わたしも好き。本気だからね」


 すごく真面目な顔をしていた。


「好きだ」


 愛を伝え合うことのなんと幸せなことだろう。生理的欲求とは別のところが満たされて少しだけ衝動が薄くなる。


 理性が戻ってきた。ぼやけていた視界が鮮明になって、喉がうめき以外の意味ある音を紡ぎ出す。


「……シオン、今のうちに逃げろ」


 シオンは吹き出した。


 俺だっておかしいのは分かってる。ズボンをパンパンに膨らませながら言う台詞にしてはかっこよすぎる。


 長くて細い指が俺の頬を慈しむように撫でた。


「わたしは別に逃げたくないんだけどなぁ……大好きな人にこんなに情熱的に求められてるんだし……」


「もう限界なんだけど」


「……好きだよ。ずっと一緒にいたい。好きで好きで好きなの。想うだけで胸が苦しくなって死にそう。目が合ったらもっと好きになるんだよ」


 鼻先がくっついた。青い瞳はやはり魔力を宿しているようで、視線を逸らすことを許してくれない。


「わたしだけを見ていて欲しい」


「…………」


 俺は返す言葉を持たない。ここ最近は黙ってやり過ごすことばかりだ。


 シオンは首を小さく横に振った。


「今のは忘れて。――もう一回キスしよ」


 磁石のように唇が引き寄せ合う。


 俺たちは夢中になってキスをした。


 いつの間にか上下が入れ替わっていて、俺はむっちりとした太ももを撫でまわしている。肉感のある鼠径部の皮が薄い部分をさすってやればシオンは体を揺らしてキスを激しくするのだ。


 チンコが爆発しそうだ。


 一度薄れたはずの性衝動がまた高まってくる。手は自律的に動いてスカートを捲り上げて桃のようなお尻を空気にさらしてしまった。


 ああ、だめだ。


 シオンが囁く。


「エッチ、しちゃう? でもコウくんの初めてはカエデちゃんのだから……どうしよう」


 俺には答えることができない。無心になって指を動かす。


「わたしだけ看病に送り込んだっていうのは、カエデちゃんがチャンスをくれたんだろうけど……踏ん切りがつかないや」


 シオンは困って眉をハの字にする。目尻にしわが寄った。


「でも最初で最後かもしれないし……逃したくないかも。ねえコウくん、黙ってないで相談に乗ってよ。大事なお話だよ」


 二人の女の顔が脳裏に浮かぶ。一人は幼馴染。一人は目の前の義妹。


 どっちも好きだ。


「好きだ」


「えへへ、わたしも大好き。ずっと前から大好きだよ。毎晩コウくんとエッチする妄想してます…… 言っちゃった」


 シオンの顔は赤い。今日は珍しいことに心の奥底を話してくれるようだ。


「恋は教えてくれたけど、諦め方も教えてくれないと。責任とってよ」


「俺も知らないんだ」


「ズルい男だね。クズ、ってやつ?」


 すべすべな太ももからお尻にかけてのボディラインをなぞる。完成された曲線美だ。そしてふとした間違いで指はもっと奥へ滑り込みそうになる。


 シオンは悩ましげな吐息を漏らしながらも口を開いた。


「決めた。やっぱりやめとこう。ね?」


 そう言われても、俺はすでに歯止めが効かないところまで来ている。


 また上下が逆転した。一部の隙間もないほどに体が密着している。


「したい」


「……わたしもしたいけど、だめ」


 関係ない。そんな制止で止まれるほどこの催眠は易いものではない。


 制服のシャツのボタンを弾き飛ばしながら脱がせ、可愛らしい控えめなおへそ、そして黒い大人なブラの包まれたおっぱいが現れる。


 シオンは笑った。


「残念、時間切れみたい」


 ガチャリ、と玄関が開く音がした。


 カエデだ。



 そして”あの感覚”がやってきた。


 性欲はすっかりおさまりムスコも大人しくなっている。俺の下でシオンはさっきまでと変わらぬ表情でいた。何も知りませんという顔だ。


 眠気に襲われる。よほど激しく搾られたに違いなかった。目を開けていられない。


 くたりとシオンの上にもたれかかってしまうが、優しく抱き止めてくれた。女体の柔らかさと温もりが眠気を加速させる。


 すぐに意識はぬるい泥の中に沈み込んでいった。

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