第27話 リビング、3人で〇〇〇

 膝枕。


 俺は意識を覚醒させ、しかし目は開かないままで自分がシオンの膝の上に頭を乗っけていることを悟った。


 そして頭を撫でてくれるのはカエデだ。2人が揃っているらしい。


 世の中に男子諸君みなが羨む幼馴染と義妹、そして親のいない家という3種の神器を持つ俺は、膝枕だって初めてではない。


 膝枕童貞なボーイたちに極意を教えてあげようと思う。膝枕を存分に味わうには――眠ったふりをする必要がある。


「んん……」


 寝言のような呻めきのような音を発し、寝返りをうつ。もちろんシオンのお腹の方へ。そして思い切り顔をくっつける。


「いひゃぁ!」


 シオンは妙な悲鳴をあげたが無視だ。眠ったふりを貫き通す。太ももに頬ずりし、へそにおでこをくっつけ、鼻先で下腹部の匂いを吸い取るのだ。これが膝枕の作法というもの。


「すごい…… 寝てるのにめっちゃ甘えてくる……」


 シオンがつんつん頬を突いてくる。しかしカエデが呆れたように言い放った。


「起きてるに決まってるでしょ。ほら、寝たふりをやめて」


「チッ」


 しょうがないので体を起こす。膝枕は終わったが、頼めばいつでもしてくれるので問題はない。


「よく寝たぜ」


「おはよう」


 微笑むシオンと澄まし顔のカエデに挟まれて座る。なんとなく、俺は2人の肩に手を回した。


 カエデが冷たい視線を送りつけてくる。


「また興奮するでしょ」


「しばらくは大丈夫だよ」


 シオンが俺の膝の上に手を置き、満面の笑みで話しかけてくる。


「ねえ、いま2人で催眠の解き方について話し合ってたの。いい案が出たから試してみていい?」


 ……それはDIOが言っていたことだ。俺はシオンの顔に浮かぶ些細な変化も見逃すまいとよく見つめた。


「それはシオンが言い出したこと? それともカエデ?」


 シオンは首を捻る。


「うーん、たくさん話し合ったから分かんないや」


 尻尾は出さないようだ。まあいい。


「とにかくやってみようぜ。このままじゃすぐに去勢の刑をくらっちまう」


「うん。じゃあ作戦名はカエデちゃんから発表をお願いします!」


 カエデは頬を赤くしてシオンを睨んだが、シオンは微笑んだままだ。カエデは咳払いして口を開く。


「オペレーション・キスキスキスよ。命名はシオンだから」


 頭の悪そうな作戦名だ。いかにもシオンらしい。


「私のときは好きな人とのキスで解ける催眠だったのだから、コウもキスがトリガーなんじゃないかってことよ」


 俺は神妙な顔を作って頷いた。


「試す価値は――あるな」


 なんて俺に都合がいい作戦だろうか。2人とキスしまくる権利を得たのだ。最高である。ムラムラしてきた。――待て、俺ってクズ。落ち着こう。2人とキスしまくるなんてふつうに考えて最低だ。


 でも催眠がすでに効果を発揮し始めている。


「じゃあまずはカエデちゃんからどーぞ」


「……こっち向いて」


 淡々とした声に従うまま右を向けば、すぐにキス。優しくて軽やかなキスだ。


「今度はこっち!」


 スキップでもしそうな声に呼ばれて左を向けば、またキス。シオンは下手くそにウインクして舌をちょろりと入れてくる。しかしすぐに離れた。


 カエデが問うてくる。


「どう? 変わった?」


「俺の股間にぶら下がってるコイツが少し大きくなったかも?」


「そういうことじゃなくて。催眠がどうなったかよ」


 どうだろうか。なんだか少し楽になったような気もする。肩が軽くなったというか、意識中のノイズが消えたというか。


 そのことを伝えると2人は手を合わせて喜んだ。


「続けてみましょう」


 カエデが言う。シオンが耳に口を寄せてきて、こしょこしょ声で囁いた。


「(さっきのわたしとのキスじゃ治んなかったのに、今度は治るんだ。嫉妬しちゃう)」


「(……別に好きな人が条件だと決まったわけ――)」


 口を塞ぐように、唇を奪われた。シオンはイタズラ成功! とでも言いたげだ。


「――っ、はいカエデちゃん」


 カエデも身を乗り出して俺の足にまたがるようにしながら、顔を寄せてくる。


 さっきよりも甘いキス。


 俺たち3人はそんなふうにキスを繰り返した。背徳感に襲われつつも最高に幸せな時間だった。


 そして――




「催眠、解けた」


 憑き物が落ちた感覚とはきっとこういうことなのだろう。体が軽く感じるし、気分も晴れやか。


 2人の尻を撫でてみても心を塗りつぶすような性衝動は起こらない。


「ああ、解けてる!」


「良かったわね」


「やったぁ!」


 シオンが抱きついてくる。カエデはいつもの澄まし顔なので、俺から抱きつく。2人をまとめてぎゅっと抱擁した。


「ありがとう2人とも。これで日課のネットサーフィンをやめずに済む」


「…………」


「よかったよかった!」


 本当に良かった。このままじゃ近いうちにどちらかを襲ってしまっていただろうから。


 俺の心は今、とても穏やかだ。曇りない水面のように澄み渡っている。


 しばらく喜びを分かち合ったあとに雑談が始まり、俺は二人が姦しく話すのを仏のような心で聞いていた。


 ふと、シオンがトイレに向かう。カエデが頬を引き締めて俺の肩を叩いた。


「コウ」


「ん?」


「さっきのキスで催眠が解けた意味を、よく考えておくように」


「……どういう意味だ?」


「そのままの意味よ」


 理解できない。カエデの綺麗な黒色の瞳は何かを伝えようと揺れていたが、ついに読み取ることはできなかった。


「家に戻って着替えてくる。今日もこっちに泊まるから」


 そう言ってカエデは玄関から出て行った。


 一人取り残された俺。いくら考えても答えは出てこない。最近はこんなことばかりだ。

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