第13話 八王子カエデの追憶1
五月雨コウという男の人生を語るに最もふさわしい人間は誰か?
私、八王子カエデに決まっている。
本人よりも詳しい自信がある。コウが覚えていないことだって記憶しているだろう。もし五月雨コウクイズなんてものが存在したら、たとえ80億人対1人で早押ししても私が勝つ。
コウの出生を単純にまとめよう。
クズ男のヤリ捨ての結果がコウだ。
いや、クズなんて表現じゃ足りない。クソゴミ野郎だ。
どのくらいクソゴミかと言えば、孕ませた女の身ぐるみを剥いで捨て、別にキープしていた女のところへ行くくらい。
結婚だ子育てだマイホームだと舞い上がっていたコウの母親だが、ある日目覚めたら泣き喚くコウと一軒家のローンだけが残されていたというわけである。
しかしシングルマザーは投げ出すことなく懸命に働き懸命に育て、どうしても育児に手が回らないときもあったが、そんなときは八王子家の出番である。ひとりっ子の私はコウをおもちゃのようにして遊んだらしい。
そのころからコウの母は「バカでごめんね」と言うようになっていた。年上の方をこんな風に評するのは心苦しいが、たしかに彼女は愚かだったのだろう。社会は正直者がバカをみるようにできている。
私たちが大きくなり手がかからなくなるにつれて、コウの母の仕事はますます忙しくなった。きっと高校や大学の学費のためという考えがあったのだ。
共有する時間は少なかったけれど母子の間には確かな絆があったし、放任する時間が長い分だけコウはたくましく育った。私もそれに連れ回された。今ではいい思い出だ。
さて、コウは預かり知らぬことだが、私は小学3年生のころには彼の父について知っていた。
マセて憎たらしいガキだった私は「なぜコウには父親がいないのか」と疑問を抱き、濁す両親を問い詰め、断片的情報を繋ぎ合わせ、パズル気分で真相にたどり着いたのだ。
そしてコウの母親を訪ねて推理を話せば、彼女は正解だと言ってさらなる詳細を教えてくれた。こうも言っていた、「この子と仲良くしてあげてね」と。
当時、私はコウの母が好きではなかった。コウを放ったらかしにしているように見えたからだ。だから「言われなくても仲良しですけど。あなたこそもう少し仲良くしたら?」と生意気に言い返したのだが、コウの母は笑うだけだった。私が彼女の立場だったら絞め殺すかもしれないのに、優しい人だ。
さらには復讐計画をプレゼンしたのだが、忙しいからと断られてしまった。無念。そのときの資料はまだ五月雨家の奥底に眠っているらしい。
そして小学生を卒業し、中学校に入学する前の春。コウが真面目な顔で語りだしたのだ。「おふくろから父親について聞いたんだ」と。
今さらですかと思いつつ、私は
そして再婚し、今に至る。
コウの母親は出世して、頼まれたら断れないタチにも磨きがかかり、さらに忙しくなり滅多に家に帰ってこない。それはどうなんだと思わなくもないが、本人たちは今の形を気に入っているようなので私が口を出すことじゃないだろう。毎日電話はしているし、毎週食事もしているようだ。
これが短くまとめたコウの父親について。それから母親について。
私とコウは父本人に会ったことがないし写真も見たことがないので、まあこんなものだ。
しかし会ったことはなくてもコウに与えた影響は大きい。
いつだったか語ってくれたことがある。
「俺はヤリ捨てもしない。クソゴミ野郎にはならない。誓っておく」
はっきりと覚えている。今思えばなんで私に言うんだという話だが、若い私は「なんてかっこいいんだ」と惚れ直したなあ。
だからか、コウは子どもができることについては敏感で、
「コンドームを付けてたって妊娠する時は妊娠するんだぜ。俺は添い遂げる相手としかセックスしない」
なんて男友達に語っていた。給食の時間に。普通に聞こえてくるのでやめてほしいし、中学にもなれば私とコウはカップルみたいに扱われていたので、恥をかくのは私だった。
でも誇らしい気持ちもあった。私の幼馴染はただのサルじゃないんだよと。
でも。
父親を否定するようなこと言うけれど、やっぱりコウはクソゴミ野郎の息子なんだなと思う時がある。
まず「ヒモになりたい」と言っていること。仕事で疲れている母親の姿を見ているからそうなったのだろうけど。私はそれとなく就職をおすすめしているが、説得は難航している。
それから女好きなこと。私をはじめ、幾人かの女の子の心を奪っている。そしてみんなをえっちな目で見ている。性欲のない聖人君子じゃないのだ。でもそんなところも愛らしい。
さらに曖昧な態度をとること。私とシオンは
それから不真面目でよくサボるし、成績も悪いし、ケンカもする。高校に入ってからはまだないが、それまではよくケンカして泣いて帰ってきていた。弱いくせに意地っ張りだからそうなるのだ。
ダメなところばかりあげてしまったので、好きなところも述べておこう。
私にはなんだかんだ優しいところ。特別扱いしてくれるところ。困ってたら目敏く気づいてくれるところ。顔が好き。声も好き。匂いも好き。幼い頃から家事をしていたので意外と家庭的。寝顔がかわいい。他の人の話は無視しても私の助言には従ってくれるとなんだか嬉しい。大きな地震があったとき家に飛び込んできてくれたこと。私のこと好きなんだなあって伝わってくること。
まとめるなら、私はコウが好きってこと。好きなんてチープな単語で表してほしくないくらい。
なんだか趣旨がズレてしまったが、そういうこと。
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