第8話 廊下、カエデと〇〇〇
一限目は英語だ。
今日はテスト返し。鬼の山田は採点が非常に早く、昨日の今日でテストを返却する。そして俺の点数は――40点。ギリギリセーフだ。
「うわあ! すごいコウくん! 赤点じゃないの初めてじゃない!?」
「まあな。これが本当の実力ってやつ?」
「40点で誇らないで」
カエデの目線は冷たい。
「でもまあ、おめでとうと言っておくわ」
シオンの名前が呼ばれた。元気よく立ち上がって教卓へ向かうのだが、そのスカートのお尻に俺の目は奪われている。
いつもよりくっきりと形が浮き出ているような気が…… いや気のせいだろうか。
戻ってきたシオンは満面の笑みだった。
俺の食い入る視線にも気付くことなく、にんまりとした顔でハイタッチを要求してくる。パチンと合わせてやるが、こいつはノーパン変態娘だ。
「わたしも40点! お揃いだね!」
「すごい偶然だな」
そんな奇跡ありうるだろうか? バカ2人が同じ点数で赤点回避なんて。まさか丸写ししたんじゃないか。
「おいちょっと答案見せろ」
「あ」
2枚の解答用紙を見比べるが……まったく一緒というわけではない。しかし似通っている部分もある。簡単な問題だけなんとか拾ってギリギリセーフでした、そんな雰囲気がどちらからも伝わってくる。
まあそうだ。山田先生がまったく同じ解答用紙を見逃すはずもない。
「シオンも良かったわね。これからもこの調子で頑張りましょう。今年は私も本腰を入れてサポートしてあげる」
そう言うカエデの机の上を覗けば当然のごとく100点だ。この女なら、さも頑張りました風を演出しつつぎりぎり合格に調節することも可能だろう。
「頼むぜ、2人とも」
というかDIO、よろしくお願いします。俺を無事に進級させてください。
テストの返却も終わり、春休みの課題が回収されていく。
俺は山田先生に「赤点回避したうえに課題も終わらせてきて偉いじゃないか」と小学生にかけるようなお褒めの言葉を頂いた。
赤点回避はDIOのおかげで、DIOがいなければ俺は四択の選択問題でしか点を取れず、驚異の1ケタ点数の可能性さえあった。
助かったぜDIO。やっぱりお前がいなきゃ俺はやっていけねえ。
ポケットの中に手を突っ込みパンティを撫でる。この手触り、心が落ち着く。女のパンティが懐にあると穏やかな気持ちになれる。男って不思議だ。
「シオン、これ気に入ったわ。明日もこれで頼むな」
「なにが? なんの話?」
鈍いシオンに向けて、ポケットから黒い生地をちらりとはみ出させる。言葉の真意を理解したシオンは面白いほど赤面した。
「明日もノーパン。明後日もノーパン。はっはっはっは」
「あ、悪魔だ……」
さて、ここからは山田先生の試験問題解説が始まる。聞いても分からんので眠りたいのだが、鬼の山田は居眠りを許さないので前の女のブラジャーでも眺めるとしよう。
今日は水色。うむ。素晴らしい。
時は矢のように過ぎて一限は終了した。
▼△▼
一限と二限の間にあるわずかな休憩。
俺はカエデに呼び出されている。
廊下の一番奥、通称"会議室X"だ。
わざわざ覗かないと廊下からは見えない、なんのためにあるのか分からない不思議なスペース。生徒はもっぱら密談のために利用している。
密談といっても愛の告白なんかじゃない。じめじめとした陰口や後ろめたい陰謀、そういうものだ。だから俺はこの場所を使ったことはなかった。
しかし、今、俺の目の前には仁王立ちのカエデがいる。普段と変わりないつんと澄ました表情のように見えるが――
何かが違う。
十六年と少しの経験で俺は学んだ。この幼馴染はねるねるねるね。俺がどんな言葉をかけるかによって鬼になったり蛇になったり、優しい女神になったりするのだ。
緊張で手が汗ばむ。俺はポケットの中のパンティを握りしめれば、シルクの手触りが心を落ち着かせてくれた。
「カエデは今日も可愛いよな」
「それで褒めたつもり? いまどきAIでももっと上手に口説くけど」
「口下手でごめん。でも本心だから。今日はいつにもまして可愛い。昨日もそう思ったはずなのに、不思議だよな。毎日毎日昨日の可愛さを超えていくんだ。きっと明日もそうなんだろうなって思う」
「わ、わかったから。もうやめて」
カエデは少し怒ったように眉を寄せるが俺には分かる。少し機嫌が良くなったぞ。順調な滑り出しだ。
「それでどんな用件だ? わざわざこの場所に呼び出して」
「決まってるでしょ。あなたがクサイ台詞を吐いている間も握りしめてた、ポケットの中のソレについてよ」
厳しく責めるような声音、刺すような目つき、カエデは腕を組んでいる。心臓がきゅっとなった。
ま、まずい。一気に機嫌が急降下した。このまま墜落すればどうなるか? 俺が死ぬ。
いろんな言い訳が頭の中をぐるぐる回るが絞り出せたのはこれだけ。
「な、なんのことだよ」
言ってから思うが、まじで無価値なはぐらかしだ。きっと俺の目は激しく泳いでいるのだろう。
「シオンからぜんぶ聞いたから」
あのアマァッ! チクりやがって!
この恨みはらさでおくべきか。拳に怒りを込めて握る。黒いパンティはぎゅっと小さくなった。
「これで俺が怒られるのは納得できない。だって――気付いたら手の中にあったんだよ。DIOがくれたんだ。お前かシオンかのどっちかがな」
「DIOってなによ」
「時間停止能力者だ。お前かシオンか、どっちがDIO」
「まだそんなこと言ってるの。――とにかく返してあげて。義理とはいえ妹の下着を奪ってそのまま過ごさせるなんて……ありえないわ。鬼畜の行いよ」
「…………」
「シオンをからかってイジめるくらいなら、代わりに私のをあげる。シオンのことは許してあげて。お願いします」
「え?」
何いってんだこいつは。シオンを守る代わりにカエデのパンティをくれるって? 同人誌でも食って生きてんのか。
恥ずかしそうに唇を噛んで睨んでくるカエデを見ていると、自分がまるで悪役になったような気分になる。妹をダシにして姉に迫る変態貴族だ。
「自分がどういうことを言ったのか、分かってるんだろうな。やっぱりやめたはナシだからな」
「分かってるわ。でもどうか、どうかシオンだけには手を出さないで……」
悲劇のヒロインぶったカエデ。
俺もなんだか乗り気になってきた。
震える体をじろじろと眺めながら背中側に回り込む。首筋にとんと手刀を落としてみれば、カエデは大げさなくらいに跳ねた。そのまま鎖骨の形を指でなぞり、ブラジャーの紐をつまみ上げる。
「こっちもだからな」
「う、うそ……」
「ふっふっふ。冗談だ。下だけで勘弁してやるよ。――さあ脱げ」
そして俺は屈んだ。いわゆるヤンキー座りだ。
「そ、そんな……」
自分から鼻息荒く提案してきたくせに、なんでこいつは嫌がる素振りを見せるんだ。変態め。
覚悟を決めたように目を瞑るカエデ。その手がスカートの中に差し込まれた。
黒いストッキングに包まれたスレンダーな太ももが目と鼻の先にあって、クラクラとした陶酔感に浸る。
そう長くはない裾がめくれ上がり、普段は隠されている白磁の肉が露わになる。自然俺の口は「おお」と感嘆の息を漏らしていた。
そして俺に捧げられる純白の布地が降りてくる。いつの間にか両手を合わせ、俺は拝んでいた。合掌!
穢れのない白。しかし透けている。色は控えめなくせにスケスケで、しかも細い。なぜお前らは学校にこんなエロイ下着を履いてくるんだ。
きっとすべてカエデのせいだ。シオンは服をカエデに選んでもらっている。それは下着も同様。この女はR18コンテンツを摂取しすぎているのだ。
カエデが片足ずつ順番に上げていく。足を持ち上げることによって暗闇の先が見えそうになるのだ。あそこが神の国である。
「ほら、どうぞ……」
差し出されたそれを受け取る。――まだ温かい。
「うおおお……」
光にかざしてみる。輝いていた。後光が見える。
「そんなに見ないで欲しいのだけど……」
「……被っていい?」
「ダメに決まってるでしょ。被るって何? わけわかんないこと言わないで」
あとで被ろ。
これは一生俺のものになった。部屋に飾る――と見られてしまうのでどこか保管場所を考えておかなくては。
「シオンのを返して」
「えー。やだ。どっちも持っておきたい」
黒い眼が殺意を宿す。俺には分かる、これは本気のときのカエデの目だ。冗談のつもりだったのだが通じなかったらしい。
「嘘だって。ほらやるから。落ち着け落ち着け」
黒いパンティをポケットから出す。何度見てもその度に味わいが変わる魅力があるのに、たった1時間で手放すことになるとは。
さらば。
しわくちゃになったそれを手渡す。
代わりに白いパンティをポケットの中に突っ込んで握りしめる。ささくれだった心が解きほぐされていくのを感じた。
「よし。ちょっと学校を散歩しようぜ。主に階段とかな」
「いやに決まってるでしょ。なんで私がそんな痴女みたいなことしないといけないの」
お前は痴女だよ。
「大丈夫だって。俺が下にいてやるから」
有無は言わせない。二限が始まるまで残り5分。カエデの手を引いてぶらつく。
通りすがる生徒たちはノーパン変態娘がいるなんてことを知るはずもないのだが、カエデは挨拶されるたびに顔を赤らめてまともに返事もできない。
常々はクールな真面目ちゃんを気取っているカエデがこんな風になっているのは新鮮で……ゾクゾクする。
階段についた。
「行こうぜ。上って、下りるだけ」
「…………」
「どうしたのカナ? カエデちゃん?」
背中を押す。
カエデは一歩一歩をゆっくりと踏みしめるみたいに、スカートを押さえながら進むのだがむしろ逆にエロい。
三段下を歩く俺は覗き込みたい衝動に駆られた。しかしそれはだめだ。この痴態を誰にもみせるわけにはいかない。
カエデは踊り場で立ち止まった。
そして振り返る。
スカートがひらりと花が咲くみたいに広がって、美しい肌色がちらついた。
いつの間にかカエデはいつもの澄まし顔になっていて、からかうように唇を吊り上げた。
そして囁く。
「見たい……?」
指がスカートの裾をつまんでいる。たった1ミリめくり上げただけで俺の心臓は秒間十で鼓動を刻んだ。
「人通りもあるんだぞ……」
ポケットの中のパンティを握りしめる。ここにパンティがあるということは、あそこにはないのだ。その事実を再認識する。
「見たいか、見たくないか、よ」
「見たいです」
顎がカクカクと動く。きっと俺の目は血走っているだろう。視野がぎゅっと狭くなって一点だけに集中する。
無意識に手を伸ばしていた。
焦らしなんて待っていられない。ひと思いに殺してくれよう。そして俺も死ぬのだ。もうどうなったっていい。ここで目に焼き付けることさえできれば!
しかしパチンと弾き落とされる。
「見せるわけないでしょバーカ」
カエデは階段を駆け下りていった。俺だけが取り残される。
すれ違い際に「2人きりでね」と囁かれたように思えるのは……気のせいだろうか。
もう一度ポケットの中のそれを握る。
ここに生きる意味を見出した。世界はやはり――俺を中心に回っている。
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