第31話
コツコツコツとチョークが黒板を叩く音だけが響いている。倫理とかいうわけわからん科目だ。せめて道徳の授業にしてほしい。
俺はノートをとることもなく、ただ漠然とした思索の海に沈んでいた。
今日が決断の日。ポケットの中にはDIOを炙り出すための”策”が入っている。
これを使えばDIOがどちらかは分かるだろう。だが、分かったとしてどうするのか。
カエデは「シオンがDIOだからシオンを選べ」と言うし、シオンはまったく逆のことを言う。
DIOがどちらだとして、俺はどうするというのだ?
指の上で回していたボールペンが落っこちてノートの上をコロコロ転がる。
まだ答えは出ていない。
どちらだ……
どちらが…………
「コウ?」
目の前にアキの顔があった。女の子みたいに可愛らしい顔だ。
「ん?」
「授業はもう終わったよ。次は移動教室だから、準備しないと」
授業はいつの間にか終わっていた。俺はずっとぼんやりボールペンを弄んでいたようだ。
「大丈夫?」
「何でもないよ――行こうぜ」
立ち上がってアキと歩き出す。アキの表情から心配の色は消えない。
「あの催眠でどうにかなった? 昨日の様子もずっとおかしかったし、八王子さんと五月雨さんともぎこちなさそうにしてるし……」
こいつになら話せる。そう思った。
「どちらかを選ぶ時が来た」
アキは口に手を当てて息を呑んだ。
「まじで? 女を二人侍らすのが最高だってのが口癖じゃん」
「好きだと言われちまったんだ……」
「へえ……選べるの?」
「選べるさ。俺は締め切りがないと何にもしないが、目の前になると頑張るタイプの人間だ。今日の放課後には必ず答えを出す」
アキは時計をちらりと見た。
「もう六限だけど、問題なさそう?」
「もうそんなになってるのか……」
一日中考え込んでいたせいで今日の記憶がほとんどない。
「なあアキ、どうしたらいいかな?」
アキは呆れた顔で言った。
「知らないよ」
「…………」
「僕は恋愛小説は読まないんだ。助言はできない。君が刺されたら犯人を推理してあげるよ」
使えないヤツだ。
「まあ気負いすぎずに、心の望むままに行動すればいいんじゃないの」
「……今日って部活休みだよな? ちょっと放課後部室使うから」
アキはうげえと顔を歪めた。
「汚さないでよ?」
「汚さないって。二人と話すだけだから」
俺たちは目的の教室についた。
保健体育の授業だ。すぐに始まったのだが、先生の話は右耳から左耳へ流れていく。
いや……エロい単語だけ耳に入ってくる。若い女の先生がエロい単語を話すもんだから、それだけくっきり聞き取れる。
高校生にもなって俺はなんてガキなんだ。こんなしょうもないことに反応してしまうなんて。
先生の唇が妙に艶かしく見えてきた。
俺のイチモツはぴくりと目覚め、そろそろ出番でしょうかと起き上がり出す。俺は唱えた。出番じゃないから寝てろ。
しかし命令を聞いてはいない。ズボンに大きめなテントを張ってしまった。さりげなく隠して落ち着くのを待つしかない……
しかし――
“あの感覚”がやってきた。
DIOだ。時間停止である。
やはりというべきか何というべきか、俺のイチモツはすっかり大人しくなっている。心はスッキリと晴れ渡るようだ。
身体中にDIOの愛を感じた。全身余す所なくキスをされてしまったようだ。まだ熱が残っている。
俺は鉛筆を握りしめた。もう催眠はかかっていないのだから、処理してもらう必要はないのだ。DIOも分かっているはずなのに、なぜこんな真似を……
ノートに文字が書き込まれている。
――気持ちよかったよ♡
とだけ。
俺は頭を抱えた。こちらも気持ちよかったのだが、向こうも気持ちよかったとはどういう意味だ。
DIOはいったい何をした?
まさか――本番はしていないだろうな?
「…………」
背中を冷や汗が伝っていく。DIOならやりかねないような気もする。だがカエデはそんなことしないし、シオンもしない。
していないはずだ。
鉛筆で書き込む。
――どこまでした? ラインは超えてないよな?
もう一度”あの感覚”。
ノートに文字が増えている。
――ひみつ♡
――ふざけんじゃねえ。真面目な話だぞ。
――ならワタシを選んで。
俺は目線を上げた。
カエデと目が合う。少し意地悪そうに笑った。
シオンと目が合う。ニコリと純粋無垢な笑顔を作った。
どちらだ。どちらがDIOだ。
――その覚悟ができているから。
さらに”あの感覚”。度重なる時間停止だ。
俺は再度激しい愛の奉仕を受けたようだった。体がぐったりと重たい。賢者タイムというやつだ。
重い腕をなんとか動かして書き込む。
――キスしようぜ。
“あの感覚”があって、唇に熱と湿りの余韻を鮮やかに感じる。間違いなくキスをされた。
眠くなってきた……
我慢できなくなって、俺は机に突っ伏した。目を閉じる。少し寝てしまおう。
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